SAC東京第9回月例会 事務局レポート
12月24日開催 SAC東京第9回月例会 事務局レポート
今回の講義は教育学習心理学の立場から、コーチングなどわが国の才能教育およびコーチング研究の第一人者である東北大学大学院教育学部研究部北村勝朗教授による「老練なわざの熟達」というテーマで講義を行いました。さて、どんな展開になるのでしょうか。
わざとは
冒頭、北村教授は「わざ」を、単なる手先の器用さや技術として捉えるのではなく、知的な総合的判断力と捉えると、スマート・エイジングの「知的な成熟」の側面がより明確に見えてくると語り始めました。そこからシニアビジネスの可能性について考えてみようということです。
「わざの熟達とエイジング」を紐解いていきます。まだ大リーグで活躍を続けるイチローのバット製作者は「音が見える」と言ったそうです。熟達体験によって変わっていくものがある、それを質的な調査方法であるインタビューによって本人も気づかいないことを引き出すことによって、シニア層の日常を解き明かしてきたのが北村教授の研究スタイルです。
真実とは何か?
「真実とは何か?」と北村教授は参加者に問いかけました。これまでの自然科学の講義とは異なる視点です。「太陽が赤いと思っている人はいますか」と参加者に尋ねると、多くの参加者が手を挙げました。「それでは、太陽が黄色いと思っている人はいますか」と尋ねるとほぼ同じ数だけ手が挙がりました。つまり、その人がどう思っているか、ここが真実であるということです。こういうことをシンボリック相互作用と呼びます。すなわち人との関わりの中で見えてくるもの、状況の中で見えてくるものが真実であり、絶対的なものはありません。ゆえに真実は変わり得るのです。
北村教授によると、わざの熟達している人には共通点があるそうです。初心者から熟達化して熟達者になる、そこには必ず良い指導者の存在があります。彼らはどんな教育をしているのかを学んでいきます。ここにコーチング研究のポイントがあります。
長期にわたる修練によって得られるわざは、単なる手先の器用さではなく、素材を知り、どのように生かしていくかを知ることです。考えて作っていく過程です。「知っている、できる」という段階を経て、異常性に気づき「見通せる」と段階へ到達していきます。初心者は使いやすく構造化して記憶していきますが、熟達者は外から見るようになっていきます。すなわち「わざ」とは知的な「総合的判断力」としてとらえていきます。
1万時間ルール、10年ルール
わざには長期に渡る学習が必要なことは言うまでもありません。そのためには、わからないことに挑戦できる、自分の仕事に満足している状況を継続することが重要です。私も何度か聞いたことがありますが、北村教授は「1万時間ルール」、「10年ルール」について話しをされていきました。
1日3時間、10年間繰り返すと1万時間に到達します。そこでわざが熟達します。スポーツを例に出すと理解がしやすいルールですが、スポーツ以外でも同じことが起きます。訓練するとまずは分かるようになり、だんだん面白くなってきます。質の高い学びとは、やる気を継続することがポイントです。のために何のための学びなのか、しっかりとした目的を持つことです。そこには科学的根拠があり、集中することができる良いコンディションが整い、さらに適切なアドバイスがあり、繰り返すことができる状況が求められます。そして各段階に合わせた内容と難易度であることも重要です。
ここで北村教授は2008年北京オリンピックの男子4×100リレーの銅メダルリストの朝原宣治選手へインタビューをした時の話しを引用しました。専属コーチをつけずに独自にトレーニングをしていた朝原選手は「感覚メモ」と題するノートに、「今日の練習はこんな感じだった」「この時はどういう感覚でやっていたかな」といった練習中に思ったこと、感じたこと、その他普段の生活の中で閃いたことを全て書き留めました。言わば「わざ言語」です。そしてこれを見てトレーニングの効果を判断し、走り方や感覚を思い出したそうです。「自分で考え実行していく、要は自分の頭で考えることが大切である」ということが、指導者に恵まれない場合、より重要であると北村教授は説いていきました。
熟達度
それでは早期からやれば良いのか?という疑問も湧いてくるところです。そこはむしろ逆であると指摘されました。長期に渡る学習は「導入期」「専門期」「発展期」に分かれます。導入期のワクワク感による動機付けや動機付けのアプローチが大切です。導入期には「楽しい、もう一度、あれも(多様性)」という欲求が生じます。
次の専門期は夢中で取り組む時期です。「できた(達成)、次こそ(リベンジ)、次はこれを(段階目標)」となります。発展期では自分らしさを発見します。「これなら(工夫)、私なら(使命感)、創り出す(発見)」というステージです。水泳選手の導入期の良いコーチは泳げないお父さんがその役割を担うことができますが、その後は難しくなる原理がこれでよく分かります。
健康をつくるわざの熟達
スマート・エイジングでは、健康を医学生理学的側面だけで考えることはありません。北村教授が事例として示したものは東日本大震災急性期の石巻市の歩数変動でした。震災前と震災後の健康を比較することはできません。しかし被災体験の中で変化する健康観から学ぶことができます。被災高齢者の歩数は必ずしも減少することがなく、避難場所との関連性もありませんでした。しかし、人それぞれ、大きな個人差が見られました。それは背後にある意識の差だったことが分かりました。震災時の物理的な環境が悪い中、生きることに夢中で取り組み、体を動かし、役割を遂行し、目的を持って行動していたことが健康状態を向上させていました。これは導入期です。次によく眠れて、働けて、期待され、意欲的に過ごすことが自分自身の健康の指標になることにも気付きました。ここが専門期です。そして動けることを楽しみ、健康に導いたことが強調されました。この段階はまさしく発展期です。
「管理する健康」から「感じる健康」へ
震災前は、運動指導を行ってもなかなかやりません。震災の避難中は動くための動機付けがありました。自分自身を感じ主観的な身体活動が行われ、適度な疲労感が深い眠りを誘引していきました。自己意識、役割意識、周りの人とつくるつながり感によって、高齢者の健康行動支援モデルも、目的を追求する動機付け(Telic)から活動を楽しむ動機付け(Paretelic)へ、「管理する健康」から「感じる健康」へと変わっていきました。
それでは、医学的なものは不要なのか、という問いにも北村教授は言及しました。探究的な初学者(intelligent novice)に関するグラフによって、熟達が停滞する時の介入(サービス)のチャンスとして、体験の科学的解釈はもっと重要視されるという事例も示してくれました。ワクワクすること、夢中体験、自己効力感、自己決定性も重要です。頑張り続けるためには、もっと追求したいという意思を持ち、機械的エキスパートではなく適応的なエキスパート(熟達)でなければなりません。
コーチングとは
コーチングとは、相手の自律的な行動を誘い出すことです。指示命令やヘルプとは異なり、自己決定理論、やる気、自律性、有能感を引き出し、関係性を支援することです。例えば「面倒だけど、大変だけど、でもこの理由があって大切だ、君はできると思うよ」という表現を持って、自己決定性を高め、選択権を相手に与えることです。コーチングには様々な形態があります。それは熟達度の差、相手との関わりの濃さよって区分されます。それを見極めて行う必要があります。
北村教授は自ら作成した優れた指導者が共通してやっている「コーチング・メンタル・モデル」(北村他、2015)を示してくれました。その中の「熟達化」は、うまくできるようにする、分かるようにすることです。「意識化」は、考えてやるようにする、気づくようにすることです。さらに「支援」とは、 良い環境、関係をつくることです。これらを質の高い学習阻害要因を除去して動機付けを行い、環境を整え、専心性を持って上達を目指し、人間的成長をゴールとします。
シニアの熟達度
講義の最後に、「シニアの熟達度をどう見るか」、ここが産学連携のテーマだと北村教授は提言しました。特異的なことを考える人、すごく深く考える人などによる企業内シニア人材の活用の提案です。シニアのわざを見える化するプロジェクト、シニアと若手をつなぐ「わざの相談所」の創設など、「老練なわざの熟達」を新たなシニアビジネス、健康寿命延伸ビジネスにつなげていけるような期待が膨らんできました。
ここで60分間の北村勝朗教授の講義は終了しました。
個別質疑
続いて個別質疑に入りました。ファシリティーターはいつもと同様に村田裕之特任教授です。
以下、質疑内容のみ記載しました。
個別Q1
運動をきっかけにお客様を育てているように思う。健康がよくなってきたことを理解するポイントは何か。
個別Q2
動機付けがうまくいかず、ワクワクしない場合は早く離脱したほうが良いのか。
個別Q3
被災高齢者のデータは健康だったことを示した。健康経営という視点から働く環境を考える際には組織内調査としてインタビュー手法はどうか。
個別Q4
健康食品の販売にてお客の熟達度を生かす書籍はあるか。天才と凡才の差はあるか。
個別Q5
シニアビジネスにおけるリソースとしてのシニア層のモチベーションを下げない熟達実践例はあるか。
個別Q6
熟達のプロセスがあるものとないものがあるのか。
個別質疑を終えて、10分間の休憩後、7つのグループに分かれて20分間のグループディスカッションに入りました。
グループディスカションを行う主旨は、以下の3点です。
① 異業種間にて話し合うことによってさらに講義の理解を深めること
② 個別質疑とは異なる質疑をまとめる
③ 参加者の交流を深めること
グループ質疑は以下の通りです。
グループ1Q
これからのシニア層に対して、導入期はマニアの心理的特性を追求するのが良いか。
グループ7Q
わざの熟達度は導入期、専門期、発展期と3段階があるが、どこにいるのか気づかせる方法は何か。
グループ2Q
熟達者の中の見通せる人を活用してシニアビジネスを逆手に取ることができないか。
グループ4Q
コーチングメソッドのシニアへの生かし方はあるか。
グループ5Q
高齢者がワクワクまで行くまでの導入が難しいのではないか。介入のチャンス、方法、ものづくりのヒントを教えて欲しい。
グループ3Q
高齢者は経験豊か、ワクワクをどう感じてもらうか、そのマーケティングはどうあるべきか。男性と女性の差はどうか。
グループ6Q
健康のコーチングはどうか。健康か不健康はその人の意識に基づくのであればコーチングの領域ではないのではないか。
以上をもってグループ質疑を終了しました。
質疑を通して感じたことがあります。参加者の方々が、まだまだシニア層、高齢者に対して喪失感などのネガティブな印象を強く持っているようです。
北村教授が提言するように高齢期になってからこそ「老練なわざの熟達」に到達し、様々な分野で「見通せる」能力を発揮できる社会環境を整える必要があると感じました。まさにスマート・エイジングとは熟達することです。長期にわたる学習、コーチングにも健康寿命延伸ビジネスの創出の糸口が見えたように思いました。
以上
(文責)SAC東京事務局
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