SAC東京第7回月例会 事務局レポート
10月22日開催 SAC東京第7回月例会 事務局レポート
講師は加齢医学研究所生体防御分野の小笠原康悦教授が登壇、テーマは「免疫細胞を活用して健康支援産業を創出する」です。
金属アレルギーの原因を解明した素晴らしい業績のある小笠原教授は免疫細胞分野では、まだまだ自称若手だそうです。しかし、今でも学会等の責任ある立場を引き継ぐ後任がいないと嘆きました。なぜ若手研究者が台頭しにくいのか、それほど難しい研究分野なのかと、私は興味を持ちながら講義に声を傾けました。
免疫細胞とは
講義中にたくさん専門用語が出てきます。先に辞書から定義や意味を引用してから事務局レポートをまとめてみることにしました。
- 免疫細胞:抗原を認識し、特異的に反応する能力をもち、免疫に関与する細胞の総称。リンパ球(T細胞・B細胞・NK細胞・形質細胞)、マクロファージ、樹状細胞など。
- T細胞:リンパ球の一種で,骨髄の幹細胞に由来し,胸腺で分化する免疫担当細胞。
- B細胞:リンパ球の一種。骨髄由来の細胞で,抗原の侵入に応答して増殖し,抗体(免疫グロブリン)を生産する細胞へと分化する。
- キラー細胞:抗体に依存して細胞障害を起こす免疫系の細胞。
- キラーT細胞:リンパ球の一種。癌(がん)細胞やウイルスに感染した細胞を攻撃する、細胞性免疫の主役。
- NK細胞:《natural killer cell》:感作(生体に特定の抗原を与え、同じ抗原の再刺激に感じやすい状態にすること)されずにキラー細胞として働くリンパ球。非T・非Bリンパ球で、悪性変化を起こした細胞や、ウイルスを殺す。ウイルス感染では免疫系の活性化以前に第一線の防衛を行う。
- マクロファージ:大食細胞ともいう。白血球の一種で,脊椎動物の食細胞のうち大型でアメーバ状のもの。最も重要な機能は食作用で,異物を偽足で取り込み消化すること。
小笠原教授が最近興味を持っているのは「記憶」だそうです。脳の記憶容量をコンピューターの記憶容量用語のTB(テラバイト)に置き換えると1~140TBくらいあります。ちなみに1TBとは10の12乗。
一方、免疫細胞が病原体に対応するパターンも、これと似たような莫大な数が存在します。例えば、T細胞だけで10の18乗もの対応数があります。体の中にある長期記憶を活用する、例えば予防接種がその活用の一つです。しかし、まだあまりよく分かっていないことも事実だと言います。
免疫力とは
小笠原教授は参加者へ、この「免疫システムの特殊性を用いて新たな展開ができるのではないか」と投げかけていきました。
健康長寿とは何かをもう一度復習してみましょう。病気にならないことは「予防力」です。病気を治すことは「治癒力」です。ヒトにはこの「予防力」と「治癒力」の二つが備わっています。これが「免疫力」だと言うのです。辞書によると「免疫力」とは、「体内に侵入したウイルスや細菌などの病原体や毒素を異物(非自己)として認識し、生体を防御するためにこれを排除しようと働く力」と説明されています。教授の説明によると「免疫力」とは免疫細胞、血液中のリンパ球が働く作用ということになります。
小笠原教授はマクロファージを「偵察隊」と表現しました。免疫反応の「司令塔」はT細胞、「兵隊」となるのはキラーT細胞です。その「護衛隊」となるNK細胞は異物を殺すことができます。B細胞は「鉄砲隊」として抗体である鉄砲の弾を産生します。分かりやすくするための教授のこれらの例えによって、少し理解が早まりました。
健康長寿における免疫力をひも解いてみると免疫は4つに区分されます。
「監視」は、予防であり変な細胞をすぐ殺すこと。
「記憶」は、予防接種によって病気を予防すること。これを免疫記憶と言います。
「向上」は、食やライフスタイルによって予防効果をはかること。
「療法」は治癒、免疫力で治すこと。
免疫力を測ること
「免疫力を測ること」、すなわち健康状態を測ることは「免疫療法の開発」、「創薬」、「新治療法の開発」へとつながり、新産業創出につながるとするのです。例えば、「ゲノム解析」は、遺伝情報を知ることです。これは一生変わらないので、病気のなりやすさを測ることができます。「免疫力解析(免疫受容体解析)」は、刻々と変化する感染やガンなど身体の状態を測ることです。
なぜ免疫力解析(免疫受容体解析)を測ることで、身体の状態がわかるのでしょうか。それは免疫システムには3つの特殊性があります。一つは「多様性」です。レパートリーがいっぱいあり、どんな異物にも対応できるということ。二つ目は「特異性」、ぴったりとした受容体が選ばれるという「カギとカギ穴」の原理です。三つ目が「免疫記憶」で次に備えること、予防接種がそうです。
ウイルス感染時の反応段階は二つに分かれます。感染直後の「緊急応答」段階です。ここでは排除力など緊急対応能力の高いマクロファージ、NK細胞の領域です。一般的に語られている免疫力とは、実はこの「緊急応答」段階のことをイメージしている場合が多いことが参加者にも徐々に分かってきました。次が「多様性、特異性、免疫記憶」の段階です。ここはT&B細胞、キラーT細胞の領域であり、まさに小笠原教授の研究領域です。免疫記憶が作用し2回目の方が早く強い、これを二次応答と呼びます。T&B細胞は健康状態に関与し、免疫記憶が働くと早く、強い細胞です。キラーT細胞はがん細胞やウイルスに感染した細胞を認識して直接殺してくれます。すなわち免疫細胞は身体を守ってくれます。
講義はT細胞受容体の多様性の説明に入りました。人の細胞は約60兆、遺伝子は約2万5千個あります。莫大な数のパズルのように組み合わせから、カギとカギ穴という特異性を生かし、ぴったり一致した受容体を見つけることが必要になります。選択された1つの受容体(抗体)は1つの抗原に対応します。例えば、がん(抗原)に対する受容体が選択され、がん(抗原)を認識し、やっつけるというメカニズムです。
免疫力の活用
免疫細胞はどんな異物にも対応できるという多様性もあります。タンパク質、糖鎖、金属イオンにも対応ができます。インフルエンザなどいろいろな感染症に対する抗体やキラーT細胞を作ることができます。がん、感染症に対しては、キラーT細胞が認識する受容体を特定し、人工キラー細胞、まさしく殺し屋細胞を作るのです。
しかし免疫細胞は時に暴走してしまうことがあるのです。これが自己免疫疾患、アレルギーです。自分を守るつもりが、暴走してしまう、悪さをするT細胞、抗体ができてしまうことです。自己免疫疾患には糖尿病、リウマチなど、アレルギーとしては金属アレルギーなどがあります。この場合には悪さをするT細胞受容体を特定し、悪さをするT細胞を防ぐ、すなわちT細胞受容体に対する抗体をつくることができれば自己免疫疾患、アレルギーを治すことができます。
T細胞を測ることによって健康状態、記憶を測ることができ、レパートリーを調べると健康状態を測ることができます。すなわち免疫力を活用すれば新産業を創出できると小笠原教授は参加者にメッセージを送りました。
レパートリー解析の応用
すでに世界各国で研究しています。レパートリーを測る方法も開発されています。現方法では最終TCRレパートリー解析の成功率は12%です。しかし新開発方法では80%の成功率だそうです。レパートリー解析は様々な応用が可能です。T細胞受容体人工タンパク質によって人工マウスをつくることに成功しました。すなわち遺伝子改変によってT細胞受容体を人工的に発現させることができるようになりました。これは悪さをするT細胞を抑制できるアレルギーの創薬に応用されています。さらに小笠原教授がつくった金属高感度マウスによって、化粧品や化学物質へも応用できるようになりました。
個別化「カスタムメイド」の健康管理
T細胞受容体レパートリー解析を健康状態測定へ応用していくことによって、カスタムメイドの健康管理や治療が可能になるのです。健康状態を測る中で免疫力に影響するものとして、食、例えばヨーグルトは免疫力に影響を与えます。ライフスタイル、体質の変化、ストレス状態やその管理、運動などです。
最後に小笠原教授の研究の夢が語られました。一人ひとりの過去の病歴など、個人のレパートリー解析を大規模データとして保存することから、問診の要らない診療を可能にしたいのだそうです。それはがん治療の個別化(カスタムメイド)を実現します。レパートリー解析の将来は大規模データ化、立体構造解析、疾患情報のデーターベース化にかかっています。さらにアーリーステージの創薬への可能性にもチャレンジをしたいと語る教授はすでに新たながん免疫療法薬を開発しています。
この分野は市場規模も大きく、新規の疾患ターゲットもあります。今後は産学連携に向けて、研究開発ソーシアムの設立を行い、事業化に必要な研究開発、学術指導、共同研究、共同開発を進め、事業会社を設立していく予定です。講義の締めに、「大学は技術があってもニーズが分からない」と、小笠原教授は参加企業へ産学連携の協力を求めました。
ここで講義は終了です。
まずは個別質疑応答タイムです。質問のみご紹介します。
- 個別Q1.現在、レパートリーの数のどのくらいが分かっているのか
- 個別Q2.自分が新しい病気になりつつあることは分からないのか
- 個別Q3.免疫療法は日常的な医療や生活習慣には対応できているのか
- 個別Q4.免疫力が高いということはどういうことか、それは測れるのか
- 個別Q5.免疫力と体温との関係は
- 個別Q6.糖尿病や認知症には可能性があるか
- 個別Q7.親子のレパートリーの関係はどうなっているのか
次にグループトーク・タイムに入りました。
7グループに分かれて、講義内容をディスカッションしながら、グループ内の質疑事項を取りまとめる作業を行っていただきました。
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各グループの質疑項目は以下の通りです。
- グループ4Q.キラーT細胞やヘルパーT細胞は人によって違うのか
- グループ7Q.大規模データ化は、どういうデータ集積の仕方があるのか
- グループ5Q.免疫細胞は子供へ引き継がれていく可能性はあるのか
- グループ6Q.免疫細胞はがん予防の技術になりえるか
- グループ2Q.免疫度が高いとは
- グループ1Q.レパートリーはいくつあり、どのように調べていくのか
- グループ3Q.花粉症にも効くのか
最後は、またフリー質疑タイムです。
- フリーQ1.レパートリーを新たに増やすことはできるか
- フリーQ2.インフルエンザの新しい型にも対応できるのか
- フリーQ3.認知機能への応用は可能か
- フリーQ4.高齢者ケアへの応用はどうなっているのか
以上で質疑応答は終了しました。
すべての質疑に丁寧に回答していく小笠原教授です。医療関連企業も参加していますが、ほとんどの参加者は医学の専門家ではありません。専門性には相当な差異があります。質疑応答のコーディネーター役の村田裕之特任教授が、回答に苦労する小笠原教授と参加者のファシリテーションをしていきました。その効果もあり質疑応答を繰り返しながら、参加者が理解を深めていく様子が分かりました。
免疫細胞の研究成果がすでに社会で実践されていることもたくさんあります。研究として解明されたものの実践段階へ到達できていないものもあります。さらに多方面へ応用できることがあることも理解ができました。
「免疫細胞を活用した健康支援産業の創出」がこのSACから生まれ、社会へ貢献していく予感がしました。
文責:SAC東京事務局
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