SAC東京第8回月例会 事務局レポート
11月26日開催 SAC東京第8回月例会 事務局レポート
SAC東京第8回月例会は大学院文学研究科心理学講座の阿部恒之教授が講師でした。
初めての文系の先生からの講義はこれまでの基礎医学系とはかなり様相が異なる視点から始まりました。哲学的な芸術面から「美しさと加齢」というテーマにどうつながっていくのか、非常に興味深く講師の話しに耳を傾けてみました。
最初に「ヴァニタス(ラテン語: vanitas)」が紹介されました。これは寓意的な静物画のジャンルのひとつです。観る者に対して虚栄のはかなさを喚起する意図をもっていました。
人生のはかなさというテーマは、中世ヨーロッパの葬祭用の美術工芸品、特に彫刻においてはよくみられるテーマであったそうです。15世紀頃まで、このテーマは極めて悲観的かつ自明のものとして描かれており、死や衰退に対する当時の強迫観念を強く反映していました。
次に阿部教授は「摘めるうちに薔薇の蕾を摘め」を引用されました。紀元前1世紀の古代ローマの詩人ホラティウスの詩に登場する語句です。「楽しめるのは今だけ」、だから「今を大事に」というメッセージを伝えます。
さらに「メメント・モリ(ラテン語: memento mori)」は、「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句であり、「死ぬ前に」というテーマで、芸術作品のモチーフとして広く使われていたそうです。
確かにその時代は百年戦争の真最中であり、ペストなどでも一度にたくさんの人が死んでいきました。このため生命観は暗転し「死の舞踏」などの絵画も描かれたそうです。
そんな時代と比較して、「21世紀の死生観はどうでしょう」と阿部教授は参加者に投げかけてきました。そこから「美しさと加齢」を考えてみようということです。
まず、「美しさと自己像」へ話しは進みました。日本顔学会の理事も務めているという阿部教授はコンピュータが描く笑顔や、年代ごとの自分の似顔絵を示しながら、年々変わる自分をどうとらえているかという推移を示しました。そこに見えるのは理想と現実のギャップです。いかに今の年齢にふさわしい自己の理想像を見いだせるかが重要だということになります。しかし現実は加齢ととともにだんだん自分の理想像を失っていきます。
かつて「老いには理想がない」と言われ、「老醜」という言葉も存在していました。「老いの現在」を考えてみましょう。今のおじいちゃん・おばあちゃんは、昔のおじいちゃん・おばあちゃんとは違ってきました。「老人は走らない」、「おばあちゃんは腰が曲がっている」など、加齢により次第に筋力、持久力も年々衰えるというイメージがありました。
しかし年々元気な老人は増加傾向にあり、開眼立上げ運動の能力は向上し続けています。高齢者の身体機能もトレーニング次第で向上することが実証されてきましたが、長座体前屈などの柔軟性は横ばい状態にあり、ここにも健康寿命延伸ビジネスのヒントがあるのではないかと阿部教授は指摘しました。
精神・知能面はどうでしょうか。「老いの泉」(ベティ・フリーダン著)で紹介されている「ラブヴイ=ヴイーフの研究」の絵が紹介されました。時に高齢者は実生活上の知恵が邪魔をして物事の判断を誤ることがあります。
さらに「オオカミとツル」の話では、高齢者は話を再現する際に自分にとっての意味を求め、要約が異なってしまいがちです。これらを加齢による知能の低下と判定されてしまうことがあったようです。つまりここで学ぶことは、精神機能も加齢により衰退するのではなく、精神機能の質が変わるということです。
これまで、描いてきた「老人」像は、数%の病気の事例を残る大半の「老人」に当てはめていたに過ぎないのではないか、阿部教授は「新しい(正しい)加齢観の誕生」という表現をしました。
また、知能検査は高齢者の知能を正しく測っていなかったのではないかと阿部教授は疑問を投げかけました。流動性知能である抽象的問題解決能力と記憶力は、20歳代を過ぎると衰退します。一方、結晶性知能である経験・知識・専門性・知恵は生涯成長し続けます。
高齢者は無意味な抽象論は苦手ですが、具体的・現実的な意味を捉えようとする統合力に優れています。その証しに昔は「水戸のご老公」、「老賢人」、「大老・家老」、「ご隠居」などという尊敬の言葉が存在していました。
現代の「エイジング・モデル」は誰でしょう。テレビに出演する老いの理想像は俳優「田村正和」、ちなみに女性が選ぶイイ女ランキングは「天海祐希」、男は「福山雅治」だそうです。
阿部教授がかつて勤めていた資生堂では「サクセスフル・エイジング」という言葉を使いました。その敵役は「アンチ・エイジング」だと指摘しながら、話しは加齢研が提唱する「スマート・エイジングへの共感」へと入って行きました。
「文質彬彬」、「衣食足りて礼節を知る」、「武士は食わねど高楊枝」などの言葉が示す礼節・形式・外見、すなわち「形」の重要性から、さらに「ぼろは着てても心は錦」、「質実剛健」、「仏作って魂入れず」、「花より団子」が示す外見よりも中身で勝負が重要である、すなわち外見の管理の内側にある身体的健康と精神的成長こそがスマート・エイジングだと阿部教授は説いていきます。
ここから「加齢・美」についての説明です。「あなたはおいくつですか」という問いに、サバを読んで答える人は59.7%もいます。「美しさ=若さ」なのでしょうか。その「若さ信仰」を見てみましょう。「美と健康の年齢観」調査の女性が最も美しい年齢は「20から24歳」というデータが示されました。
このデータから見るものは、美しさの条件は「肌が健康」であり、美の最高規範は成人直後の肌にあるということです。
さらに、若さは子孫繁栄を有利にする配偶者選択の重要サインとなります。これらは生物学的解釈です。もうひとつ「赤ちゃん肌信仰」があります。赤ちゃん肌が理想形とする「減点法の美意識」ですが、赤ちゃんの肌は弱いということも知っておかなければなりません。
「年齢なりの美と健康」という年齢観は「若さを無理に求めない」ことです。各年代の肌の美しさ評価調査が示すのは、どの年代も同じように肌の美しさ評価をしているということです。ゆえに絶対値ではなく偏差値でみていることになります。
すなわち、肌を見る視点は20歳の若さを絶対の価値規範とするものではなく、年齢ごとにその価値規範を備えているものであるということです。加齢による肌への刻印による減点だけではなく、加齢とともに蓄積される何かの要素があるとする意識の存在であり、若さを無理に求めない「年齢なりの美と健康」を良しとする意識です。これは「加点法の美意識」であり、まさにホメオシタス維持能力が重要であると阿部教授は説明しました。
世阿弥の「風姿花伝」が伝える「時分の花」は「減点法の美意識」であり、「まことの花」こそが「加点法の美意識」なのです。
鮭やカマキリの雄は生殖後に死んでいきます。しかし人間のポスト生殖期は長い、これは「神様からのギフト」であると阿部教授は言います。そして、「美しさと加齢」を砂時計にたとえました。少なくなる砂の下には、たまっていく砂があるのです。
最後に、教授がこれからやりたい研究が紹介されました。
「美容と震災」、外見・ふるまいの美に関わる研究と感情、特にembodiment(身体性)に関わる研究です。話すことが大好きな阿部教授は企業内のセミナーにもお呼びください、と言って講義を締めました。
ここから、村田裕之特任教授がファシリティターを務め、個別質疑に入りました。
質疑は以下の通りです。
Q1.化粧から介護予防を目的に高齢者向けの美容教室を行っているが、男性は抵抗があるようだ。男性用メニュー、男性に対するアプローチ方法はいかに行ったら良いか。
Q2.生殖期の終わったときに、生の目的を失ったと考えるべきか。
Q3.介護現場にいると死に向き合う機会が多い。死の美しさ、死に方の選択の機会はどうか。
Q4.各年代の肌の美しさがあることが分かったが、その点について消費者とのコミュニケーションのあり方はどうあるべきか。
Q5.美に対する捉え方はメーカーの心構え次第か。
Q6.男性は歳をとったから格好良い、という言葉があるが、女性には「歳の割に若い」という表現くらいしかないと思うがどうか。
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次に、グループトーク・タイムに入りました。
グループトークは異業種間で話し合うことによって講義の理解を深め、個別質疑と異なる質疑をまとめること、そこから参加者同士の交流を深めるために行っています。
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グループ4Q.
①年代別の自分の肌をどうしたいかというデータはダイエットの場合に置き換えられるか
②あきらめている人、しようと思わない人向けの商品開発はどうか
③阿部先生は「若い人」と言われてうれしくないか
グループ7Q.
美の統計は他にもあるか
グループ5Q.
①学外のジョイントの事例はあるか
②エンバーデイメイト性とは「身体性」のことか
③消費者には「肌の健康のためのセミナー」という方が受けるか
グループ6Q.
①年齢相応の美しさとは
②世代のロールモデルはどうか
③色味と美しさはどうか
グループ1Q.
①見た目よりも若いという外見的美しさはどうか
②ゲイの人の存在はいかに
③自分の花を求めるより、開き直りが必要なのではないか
④化粧の役割が変化しているのか
グループ2Q.
① 若返りたいか健康でいたいという健康と美のバランンスはどうか。
② 健康は美か、不健康だけど憧れる美があるのではないか。
グループ3Q.
①かつて「進んでいるアンアン、遅れているノンノン」という表現があったが、それは人からみてなのか、自分で思うのか。今は自分の満足の時代か
②真の美とは、修練を重ねる美か
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多様な質疑が出ましたが、阿部教授は終始スマート・エイジングの観点から回答していることが印象的でした。「加齢によって美しくなる」という「加点法の美意識」を考える講義だったように思います。
(文責)SAC東京事務局
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