SAC東京2期 コースⅡ第1回月例会 事務局レポート
4月15日開催 SAC東京第2期 コースⅡ第1回月例会 事務局レポート
SAC東京第2期コースⅡは、川島隆太教授のテーマ「脳科学を応用して新産業を創生する2」の講義をもってスタートしました。
通算3回目の講義となる川島教授は、「脳トレとはいったい何なのか、脳はどう働くのか、それらは加齢と共にどう変化していくのか」を理解してもらうために「今日は大脳の話しから入ります」と口火を切りました。初参加の方にとっても興味深い視点です。
脳の機能と加齢現象
大脳は4つの場所に分かれています。 前頭葉は人間が生きていくための根幹の能力を司ります。運動の出力を行い、筋肉を動かしています。運動野の司令塔です。手や体を動かすと脳が働くという解釈は間違っています。川島教授はここで研究者ペンフィールドのホムンクルスの絵も引用して説明には入りました。ホムンクルスとラテン語で脳の中のこびと、とも言われています。
頭頂葉は触覚機能を司ります。脳外科の手術の際には脳自体は痛みを感じません。側頭葉の真ん中あたりには音を聞く場所があります。後頭葉は形の領域であり、見ること、人の形を見ることができない相貌失認(そうぼうしつにん)もこの損傷等によって起こります。つまり漢字は形なので後頭葉、ひらがなは音の領域なので側頭葉で認識されています。大脳全体で空間全体を認識します。
前頭前野はモノを考える、あたらしいものを作り出す、といった脳の司令塔の部位です。川島教授の脳の研究は子供の問題から踏み込んでいきましたが、高齢者の問題に応用されることになりました。なぜならば、子供の脳を対象とした臨床試験を倫理委員会が認めなかったためです。その結果、認知症高齢者を対象にした臨床試験を行った結果、認知症ケアの非薬物療法である「学習療法」が生まれました。
3歳~5歳までは、頭頂葉から後ろ側の領域で「見る、聞く、触る、嗅ぐ、味わう」の五感が発達します。前頭前野は13歳くらいからの思春期に発達します。大人になったらどうなるのか。世界中の心理学者の研究では脳機能は20歳から下がることがわかっています。一方、知識や語彙を問うテストの結果では70歳くらいがピークとなっています。
頭の回転速度が落ちる
川島教授はパソコンに例え説明をしていきました。加齢と共に動作が遅くなる、パソコンで言うCPUが遅くなっていきます。言葉が出づらい、判断が遅くなる、理解が遅くなるという現象が起きてきます。
記憶できる量が減る
パソコンで言えばRAMが加齢とともに小さくなっていき、行動面が変わります。新しいものの学習が億劫となり、なかなか進まなくなります。また感情コントロールができなくなり怒りっぽくなってきます。処理能力が追い付かなくなり、反応が伴わず、クルマの運転ミスなどが起きてしまいます。
スマートエイジングを具現化するために必要なこと
複雑な脳をコンピューターに置き換えると以下の表現となります。
1) CPUを良くしよう! そのための情報処理速度訓練
2) メモリーを良くしよう! そのための情報処理容量訓練
頭の回転速度のトレーニング
川島教授は頭の処理速度を速くする、記憶容量を増やすことが重要であると説いていきました。 「こんな簡単な計算をして頭がよくなるなんて?」という印象があるかもしれません。ただ計算をするだけではなく、できるだけ早くやることがポイントです。計算でなくても運動でもよいのです。ただし、子どもにとって課題が簡単で取り組みやすいことが必要でした。簡単な計算は取組み易く、認知症の方にも適していました。
頭の回転速度トレーニングは、抑制する力、注意力、論理的記憶力などさまざまな認知機能を改善する効果があります。その一つである利き手や非利き手トレーニングなどは高次機能障がい者にも効果がありました。 機能的MRIで計測して見ると大脳皮質の体積が増えるという変化が分かりました。神経細胞が増えることではなく、神経線維がものすごい量がふえるのです。さらに運動介入によって遺伝子の発達が起き、脳の体積が増えることも分かりました。
記憶の量のトレーニング
記憶の量のトレーニングを会場の受講生と共に試してみました。簡単な単純計算です。まずは「9−3+8+1」の計算だけの作業は誰にでも簡単にできました。それではこの計算を両手で「グー・パー・チョキ」をしながら解いていきます。「2+9+6−3」と同時に手も動かさねければなりません。会場がどよめき出しました。どうやら簡単にはできなかった人が多かったようです。
「学生は苦も無くできます。参加されているみなさんの年齢を考えると、これは老化現象です」と川島教授はニンマリしました。この現実を実感する参加者の顔はさらに真剣さを増してきました。
さらに「鬼トレ」に採用されているNバック課題のトレーニングです。まずは簡単な「2バック課題」から試してみました。さすがに参加者の多くはできたようです。しかし「3バック課題」になると、またもや参加者の声が小さくなってしまいました。スパン課題が増えるということは覚える数を増やしていくことです。川島教授が「私は昨日20バック課題ができました。3年間の努力の成果です」というと会場からため息が聞こえました。
学習療法のドリル教材は公文教育研究会が作成し、アメリカにも渡りました。任天堂の脳トレソフトは世界で3000万本以上も売れました。川島教授が直接研究開発した産学連携の実践事例が紹介され、参加者の目は輝きを増したようです。
脳トレの歴史
2005年、産学連携による「脳を鍛える大人のDSトレーニング」が国内で発売され、翌06年には「脳トレ」が流行語大賞トップ10に選ばれました。その後海外主要三紙に紹介記事が掲載されましたが、脳トレに対する批判的な記事でした。その後もロンドンのBBCのチームやネイチャーの論文などで脳トレ批判が続きました。オンラインなどで売っているゲームでは脳に負荷がかからず抑制がかかります。すなわち脳トレになっていないのです。今年になって、アメリカ発の脳トレ「lumosity」には効果に対する科学的なエビデンスがなかったとして米連邦取引委員会に200万ドルの罰金支払いを命じられるという脳トレ訴訟も紹介されました。
さらに脳トレの効果の検証として「任天堂DS脳トレ」VS.「BBCオンライン脳トレ」の話も紹介されました。最初「どちらの脳トレにも効果なし」といった発表がされましたがその後、50歳以上は効果があったという論文が出され、DS脳トレとBBC脳トレ共に、健康な高齢者の認知機能に効果があったことが検証されました。このように脳トレには紆余曲折がありました。
学習療法の開発とその効果
頭の回転速度・記憶の量のトレーニングを認知症ケアへ応用することによって生まれた「学習療法」は本来子供に対してやりたかったと言います。学校での学習は悪いことではない、と証明したかったからです。 川島教授が示したのは「誰にでもできるトレーニングの原則」でした。認知介入課題には、①頭の回転速度と記憶力を使うこと、②単純かつ容易であること、③必要十分に脳機能に負荷がかかること、の3点を満足させる必要がありました。しかしここで矛盾が起きました。単純で容易なことが脳に負荷を与えるのか、ということです。
脳は複雑です。ネズミやネコ、サルなどの人ではない研究が主流です。多くの研究はラット利用です。しかし、サルやネコは数を処理できません。人に関することは人で研究することが基本です。 ここで川島教授は、実例の映像を見せながら説明を続けます。脳梗塞発症から9年を経過した76歳女性へ学習療法を実践した事例です。なんと6ヶ月後には感情表現まで回復していることが分かる映像です。参加者の目が釘付けになってこの映像を追いかけています。脳梗塞の場合、発症後一週間以内に治療しないと回復しないというのが常識となっている医療の世界では、この事実は「奇跡」の一言です。
さらに3年間寝たきりだった方の事例も紹介されました。学習療法をはじめて3か月で離床、事例を発表した時に「うそをつくな」と言われたと、川島教授は真剣な表情を崩さず当時を振り返りました。近赤外計測による音読中の前頭前野機能測定の図や、MMSEとFABが改善したグラフも示され、参加者は学習療法によって脳の可塑性が生じ、前頭前野の活動が回復(改善)することを学ぶことができました。
この学習療法はアメリカにも輸出され、国によって使う言語が異なっても同じ効果を上げることができることが証明されました。さらに経産省と慶応大学が行ったSIB(Social Impact Bond Japan2016)調査においても学習療法の経済効果が証明され、介護費用の削減などの経済的効果に大きな期待が寄せられています。
さらに川島教授は最新の情報を提供してくれました。これから重要なことはいかに生活介入を行い認知介入、運動介入、栄養介入の組み合わせを行うことができるかということです。さらに研究は遺伝子介入にも進んでいます。NIRSに応用し日常的な食欲コントロールなどのニューロフィードバックによる2型糖尿病の予防や治療への期待も高まり、様々な介入や研究も進んでいます。その脳トレによる脳にかかっている負荷や、頭の回転速度を測定できるデバイスの開発は新たな健康寿命延伸ビジネスにおける新産業を創出していきます。
川島教授から参加者への期待のメッセージを持って講義が終了しました。
【個別質疑】
ここから個別質疑に入りました。質疑のみ記載します。
Q1. 身体も筋トレによって筋肉繊維が増え大きくなるが、脳も同じように考えてよいか。それがニューロフィードバックにもつながることにあるのか。
Q2.遺伝子情報として元気な方、認知症になる人というのはどこまで分かっているのか。
Q3.学習療法はどのくらいの頻度で行うと効果があるのか。
Q4.学習療法では人が関わった方がより良い効果が期待できるのか。
Q5.学習療法の介入時期と、効果の実感はどうか。
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【グループトーク質疑】
今回のグループトークは6グループに分かれて行われました。グループリーダーがファシリテーターをつとめ、各自の質疑を聞きながら、グループとしての質疑を2つにまとめ発表してもらいました。質疑応答のファシリテーターは村田特任教授が務めました。
個別質疑同様、質疑のみ記載します。
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<グループ5>
SIBの調査方法と結果の評価手法はどうか。記憶量のメカニズムの中で怒りっぽくなる危険領域は分かるのか。
<グループ3>
学習療法以外に普段の生活で脳トレに匹敵するものはあるのか。好きなことの切り口で脳トレ的なことはできないか。
<グループ1>
認知症に発症してから対処するのではなく、モチベーションを上げ、自分にストイックにやるこつはどうか。脳トレの効果を見せる方法はどうか。
<グループ6>
前頭前野を活性化するために脳に負荷をかけるとストレスにはならないのか。
脳のメカニズムとしてのデメリットはどうか。逆にリラックスしている状態の脳への好影響はどうか。20歳を脳のピークとして考えた場合、負荷を与えた場合には脳機能に効果があるのか。
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<グループ4>
認知症のネーミングがネガティブだと思うが、差別的ニュアンスから避ける方法はないか。
脳機能の衰えから考えた場合、人の成長や予防の環境要因はどうか。
<グループ2>
脳トレの適切な負荷について客観的な判断の仕方、指標があるのか。
脳の転移効果、脳以外へよい影響を与えることはあるか。
新しいものを世に送り出すとき、これまでの習慣や価値観が障壁になることが少なくありません。川島教授曰く、脳トレの歴史もその道を乗り越えてきました。おそらくこれからも健康寿命延伸ビジネスにおいてもそれは繰り返されていく可能性があります。
だからこそ、しっかりとしたエビデンスを学び、企業と大学、さらに参加企業が互いに手をとり合っていかなければならないと思いました。これこそがSAC東京第2期のミッションです。 第1期から継続された方と、第2期から参加された方と共にしっかりと共有してまいります。
以上
(文責)SAC東京事務局
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