SAC東京コースⅠ第5回月例会 事務局レポート
8月25日開催 SAC東京コースⅠ第5回月例会 事務局レポート
今回は東北大学大学院医工学研究科の永富良一教授が「健康は測れるか?」のテーマで講義を行いました。
医学部を卒業し、医学博士である永富教授が醸し出す雰囲気はまさに体育の先生のようです。事実、体育を通して健康をみることが専門領域だとお聞きすると納得できました。 「今日はその研究の面白いところ、まだ悩んでいることも含めて話します」と言って講義が始まりした。
健康の定義
健康や疾病予防を考えるときに危険因子を考えることは重要なテーマとなります。生活習慣と危険因子を追求していくと食事・食品・食習慣、さらにはミクロビオーム、簡単に言えば微生物から腸内細菌までが永富教授の研究領域です。
最近ブームになっているものはウェアラブルデバイスの一つである腕時計です。「私もその時計をつけている」と教授は左手をかざしながら、「これで健康を測ることができるか」と参加者に尋ねました。これが本講義のテーマであり、実は教授の答えは「No.」です。
まずは測ろうとする「健康の定義」が英語表記でHealth is a of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.となっているからです。
危険因子
永富教授は「健康を測ることに興味を持っている方は手をあげて下さい」と会場を見渡しました。何とほぼ全員が手を挙げました。それでは、何のために「健康」を測ろうとするのでしょうか。もともと健康診断は自覚症状のない疾患の早期発見が目的でした。そして早期治療を行うためでした。ちなみに日本で最初に胃がん検診を始めたのは東北大学です。
しかし、2008年以降、特定健診としてメタボ健診が始まりました。これは危険因子の探索であり、疾患探索ではありません。メタボリックシンドロームは血糖値や中性脂肪が高くなります。自覚症状もなく、痛くもかゆくもない段階の危険因子という点がポイントです。
永富教授は「ところでメタボリックシンドロームは何の危険因子ですか」と再度会場に尋ねました。今度は会場からほとんど手があがりません。「こういう現実を厚労省に言わないといけない」と苦笑いしながら、「虚血性心疾患の原因」とその答えを教えてくれました。
疫学調査
疾患等の発症確率に関連する因子にはLDLコレストロールや血糖、血圧、BMI、年齢、遺伝子多型などのバイオマーカーがあります。その中でも特に遺伝子は変えようがありません。持っている遺伝子よって起こる別な因子を予防することが必要になります。
変えることができるのは喫煙、飲酒などの生活習慣です。長く座っていることもよくありません。虚血性心疾患の原因となります。腹囲が大きくて血圧が高い、これは心筋梗塞になる可能性は30倍にも跳ね上がります。これらを疫学調査から特定していく、これが永富教授の研究分野であり、本講義の「健康を測る」ヒントになりそうです。
実際はどのくらい発病したか。少し古いデータですが、検証してみましょう。2008年の MONIKA-WHOの基準による心筋梗塞発症率の国際比較です。
フィランド人の男性は10万人当たり800人程度が発症します。日本の北海道、沖縄、滋賀では10万人当たり30人ほどですから、30倍近く高いことが分かります。その30倍の根拠を知るための危険因子調査を行います。
3,000人のメタボリックシンドローム該当者の内臓脂肪(ウエスト周り)、高血圧、高血糖、高脂血症の危険因子を調査しました。危険因子が1つで10万人に1人、2つで5人、3つで31人という冠動脈疾患発症のオッズ比が分かりました。しかし、これは男性特有であり、女性はなりにくいことも分かっています。肺炎が増えているのは、高齢者の肺炎が増えていることが原因です。これは保健指導とセットになっています。
これらの危険性の確率をどう考えるかということが次のポイントですが、大丈夫だと考える人が多いのが実態です。
予防効果
危険因子を減らして、どれだけ効果が出たか、これが予防効果です。介護予防として、2015年までの事業として「厚生労働省地域支援事業」の中で、要介護者になりそうなハイリスク者を「特定高齢者」として運動教室等を開催しました。最初はそのiADL 、動けるかどうか、認知症かどうかなどのスクリーニングが大きな課題でした。 しかし、この事業の実施によって様々な「予防効果」が見えてきました。
既往歴など様々な要因によるばらつきもあります。例えば、グループ体操はばらつきが大きくて予防効果が分かりにくいこと、インストラクターの腕次第であること、追い込んでいるかどうかが重要であること、マシンによる筋力トレ-ニングはまあまあ予防効果があること、マシンを使わないものは効果がありとは言えないこと、などが分かってきました。
コホート研究から
「仙台卸商コホート研究」の事例も紹介されました。コホート研究とは「ある集団を追跡する研究」のことです。2008年から震災をはさみながら7年間、1,000人規模の生活習慣を追跡調査しました。毎日1時間以上歩いて、さらに週に1度きつい運動を行うことが良いことなど、運動量が影響を与えていることが分かりました。歯磨き回数も1日2回と3回以上ではメタボリックシンドローム発症のオッズ比の差が大きい結果が出ましたが、その理由はまだ分かっていません。
食事を測るということ
食事はどうやってみていくか、栄養面だけでは解決できないのは文化的背景が強いからです。多様性がある日本食は心筋梗塞のリスクが低減するという研究論文もあります。疫学研究における食事の調査として、各種栄養素摂取量に対して妥当性が検証済みの「食事頻度調査」があります。75品目の食品の過去一ヶ月の習慣摂取頻度です。統計処理上は変数が多いと有効な分析ができなくなるため、変数を減らす必要があります。調査対象者も変数となります。食事はビッグデータが必要な研究領域のようです。
「仙台卸商コホート研究」の成果として、食行動の危険因子が見えてきました。朝ご飯をたべないひとは握力が弱く要介護になりやすい、トマトを食べている人は抑うつになりにくい、飲酒しているひとは風邪をひきにくい。魚は痛風になりやすい、この結果は意外ですが焼き魚、生魚はプリン体が多いことが起因しているそうです。大豆のイソフラボンは睡眠の質を良くする、しかしこれは男性のみの効果です。女性にはもともとイソフラボンがあるからです。このように、疫学研究では因果関係は分かりません。しかし、起こっている事実は分かります。
微生物叢
人間の細胞数は受精卵由来のものは10の14乗、受精卵以外の細胞数、マイクロビオーム(Microbiome)は10の15乗です。人間の持つ細胞の90%は共生微生物であり、外部からもたされたものです。
2010年、ネイチャーに人の微生物叢の論文が掲載され注目されるようになりました。 アメリカではヒトミクロビオームプロジェクトができました。 これは新しい分析方法が開発されたことによって人間の遺伝子が読めるようになり、微生物も調べることができるようになったからです。メタゲノム分析による細菌の分類もあります。
腸内微生物叢
ネズミは糞を食べます。糞にはまだまだ栄養が残っています。やせたネズミがやせたネズミの糞を食べても変化が現れません。太った同志もそのままです。しかし太ったネズミが、やせたねずみの糞をたべるとやせていきます。この研究から腸内微生物叢を変化させ肥満を改善できるか、その研究が紹介されました。このテーマに参加者の好奇心が惹きつけられていくのが分かります。微生物叢の医療応用が進んでいきます。「日和見感染(Clostridum difficile)」には有効ですが、炎症性腸疾患に対してはまだ解明されていません。これからの応用に期待が高まる領域です。
ウエラブルデバイス
まずは医療機関における患者モニタリングがあります。医療者が知りたい情報は「死にそうか」ということに尽きます。実態は以下のようになります。
「What」−心電図、脈拍、呼吸数、血圧、血中酸素飽和度など
「Where」−医療機関、集中治療室
「When、How」−24時間、継続的
「Who」−医師、看護師などの医療スタッフが10重症患者さんのために
「Why」−生命維持、リスク回避
一方、活動量計(歩数計)の場合はどうなるでしょうか。
「What」−歩数・運動強度・エネルギー消費量
「Where」−どこでも(移動中)
「When、How」−継続的
「Who」−ユーザー(個人)
「Why」−自分の運動量に不足がないか知りたい
医療機関の場合とはずいぶん異なっていることが一目瞭然です。さらに永富教授は、「研究者のニーズは一般人のニーズとは違う」と言い切りました。
昇降測定
ロンドンのバスの車掌は運転手と比べると心筋梗塞になりにくいそうです。それは二階建てバスの昇降頻度の違いが関係しています。実はこの昇降測定が重要です。気圧の影響を受けるなど技術的には難しい面もあります。過去に商品化しましたが売れませんでした。
それは研究者のためには良かったのですが、一般消費者には評価されなかったからです。しかし、今でも研究者である永富教授にとって階段昇降がわかる正確な活動量計は未踏峰の挑戦となっています。
永富教授の健康の定義
「健康の定義とは何か、健康をどう測るか」、そうは言っても健康の人は健康を意識しません。ここが永富教授の研究領域の難しいポイントです。
しかし、教育は重要です。学習指導要綱にはいっていたラジオ体操は日本人であれば誰でもできます。2008年学習指導要綱から外され、それ以降の子供ラジオ体操を知りません。
最後に永富教授は自らの健康の定義を披露してくれました。
1.やりたいことがある
2.やろうとする意欲がある
3.やろうとする体力がある
本講義テーマである「健康は測れるか?」、その答えはウエラブルデバイスの利用というより自問自答の中にありそうです。
以上をもって、講義は終了しました。
参加者がより理解をしやすくするための村田特任教授によるアイスブレイク後にグループトークが行われました。
【グループトーク】
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以下、グループから出された質疑内容のみ紹介します。
<グループ4>
Q1.永富教授の健康の定義に至った経緯は何か。
Q2.それは計られているか。
<グループ6>
Q1.先生の研究をすすめていくと、どういう世の中になるのか。
Q2.腸内微生物叢の適正値はあるか。
<グループ3>
Q1.N数などアプローチ手法と、消費者ニーズなどのサンプリングについて。
Q2.腸内細菌叢と他の疾患との関係はどうか。
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<グループ1>
Q1.ウエアラルブルデバイスはいつ完成するのか、アウトプットに基づいて3次情報までいかなければならないのではないか。
Q2.危険因子、マイナス危険因子、ポジティブ因子について教えて欲しい。
<グループ5>
Q1.腸内細菌叢と精神面との関係はどうか。
Q2.ウエアラルブルデバイスの今後の可能性、全て測ることができる機器開発の可能性、 あるいは永富教授は何が計りたいか。
<グループ2>
Q1.腸内細菌の生存場所とメタボ以外の可能性
Q2.歯磨きのどの領域が重要なのか。
【個別質疑】
グループ質疑を終えて、個別質疑に入りました。
個別Q1.歯磨きとメタボの因果関係は、何年くらいで効果が出たのか。喫煙、飲酒はどうだったのか。
個別Q2.腸内細菌叢はシンプルなのではないか。
個別Q3. 健康は測れないほうがよいのではないか。
以上をもって第5回月例会を終了しました。
「健康を測る」、それは単にウエアラルブルデバイスを開発して健康を維持し、予防効果を高めるということではなさそうです。人間の尊厳としての健康、社会の一員としての健康、それはまさに一個人、一社会人としての生き方の心構えを試されているように感じました。
また微生物叢も本来自然や人間の持っている力を知る領域からスタートしています。
健康寿命延伸ビジネスを紐解くヒントは、科学を通して「人」を知ることのようです。
以上
(文責)SAC東京事務局
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タグ:スマート・エイジング, 健康寿命, 健康科学, 免疫, 永富良一
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