SAC東京6期コースⅠ第10回月例会 事務局レポート
健康によい、悪いとは? —何を持って“エビデンス”とするか—
コースⅠ第10回月例会は、大学院医工学研究科長、大学院医工学研究科 健康維持増進医工学研究分野、大学院医学系研究科 運動学分野の永富良一教授による「健康によい、悪いとは?-何をもって“エビデンス”とするか―」が講義テーマです。
永富先生の研究は、健康科学、体力科学、スポーツ科学、免疫学と多岐にわたり、運動・身体活動の分子生物学から疫学、地域の健康づくり研究の第一人者でもあります。人間が運動を通じてより健康に暮らせるようになることを目指して、幅広い領域の知識や技術を駆使した研究活動を行っています。本日は、健康に対するエビデンスとは何か、どのように確立されるのかを講義しました。
健康をはかる
健康をはかる目的は、「健康」を損なわないようにして「病気」にならないように「予防」することです。健康評価の実例として、健康診断を例に早期発見、早期治療があげられます。東北大学は日本で初めて健康診断に胃がんの健診を取り入れ、早期発見、早期治療に成果を上げました。
危険因子
2008年以降の健康診断は特定健診(メタボ健診)で、危険因子の探索が目的となります。危険因子は疾患等の発症確率に関連する因子を考えます。定量化できるバイオマーカー(LDLコレステロール、血糖、血圧、BMI、年齢等や遺伝子多型等)と、定量化できない生活習慣(喫煙、飲酒、身体活動・身体不活動、睡眠時間、食事因子等)の影響力について説明がありました。
Evidence based medicine (EBM)
様々なエビデンスの推奨度とレベルの説明がありました。Cohort study(コホート研究)は危険因子が混ざっている病気でない集団の追跡調査に対し、Case-control study(症例対照研究)は病気の人と健康な人を比較して何が違うか調査する研究です。
コホート研究は、まだ危険因子候補の有無がわからない「現在」を調べ、未来に向けて疾病のなりやすさを比較します。これに対し、症例対照研究では「現在」の疾病の有無から過去の危険因子の有無を比較するという違いが説明されました。
また、最も高いエビデンスレベルは、Systematic review(系統的レビュー)を経てRandomized controlled trial(無作為割り付け対照試験)を行ったものであるという説明がありました。
疫学:人集団で証拠を出す学問
分子生物学(細胞・動物を対象にした研究)、生理学(人を対象にした研究)、疫学(集団を対象にした研究)の違いについて説明がありました。
分子生物学は研究結果の正確性が高く疫学では低いのに対し、誤差の大きさや人に対する証拠能力は分子生物学よりも疫学の方が高いようです。
このようなエビデンスに基づいて、運動・身体活動によりリスク軽減が期待される疾患の一例として次があげられます。
- 一次予防 :虚血性心疾患、脳卒中、脂質異常症、高血圧症、肥満症、糖尿病
- 二次予防 :糖尿病合併症、高血圧
病気と未病
肥満や高血圧、糖尿病は病気なのかを考えてみました。3つの共通点は、診断されたときにそれが原因の自覚症状はなく、いずれも血管疾患(心筋梗塞など)の危険因子となることです。未病状態から本当の病気になるきっかけとして、危険因子が影響するようです。
仙台卸商の組合員1,000人を対象に行われたコホート調査では、様々な生活習慣危険因子とメタボリックシンドロームの関連性が紹介されました。適度な運動や、意外にも1日3回の歯磨きをする人は発症症例が少なく、カロリー摂取、煙草や飲酒はそれ程関係しないようです。
コアトレーニングや体幹トレーニングは何のため?
スポーツのエビデンスとして、欧米の女子サッカー選手2,540人に対し、1年間コアトレーニングや体幹トレーニングによるRandomized controlled trialを行った事例が紹介されました。
その結果、選手の膝の十字靭帯損傷回避に良いことが証明され、現在は多くのクラブチームで予防トレーニングプログラムが組まれています。
和食
ターゲット疾患を決めた、和食のエビデンスが紹介されました。食事の調査方法は、食事頻度調査(各種栄養素摂取量に対して妥当性検証済み)による、75品目の食品の過去1ヶ月の習慣摂取頻度によって検証します。
有効な分析のためには、膨大な調査対象者数の変数の数を減らす必要があり、単独の食品摂取頻度、栄養素摂取量の推定、食事パターン(主成分分析など)の方法が紹介されました。
予防効果の検証例
介護予防の効果の検証例として、厚生労働省地域支援事業の説明がありました。特定高齢者に対する運動器の機能向上プログラムを1年間実施した結果、マシンによる筋力増強訓練による効果が認められました。本人の力だけでは効果が出にくい(追い込むことで効果が出る)ことが分かったのです。
ウェラブルデバイスで健康は計れるか?
装着型生体情報センサーによる一次情報(加速度、電位、圧力、外部信号からの変位、化学変化など)を二次情報(歩数、心電図、血圧、位置、血糖など)に変化させても個人では健康か否かを判断することはできません。
更に三次情報(活動量、病態:心筋虚血、高血圧、糖尿病など、疾病リスク)のコホート調査結果や病態が特定されて初めて意味を成します。疫学的に確立されている危険因子と結びつく計測値は、まだ確証できない部分があるようです。
何を調べたら個人の未病がわかるか?
遺伝子、行動、生理反応などを調査する上で、たくさんの研究と長期間の追跡が必要とされます。日常のセンシングから健康状態を評価し、個人への効果的なフィードバックシステムを構築する研究や、ヒト頸動脈の壁厚変化を計測することで動脈硬化の早期診断を行う新しい診断技術の開発が進められています。
「日常生活人間ドック」構想では、普段の生活の中の変化から、様々な病気などの「元」を感知して未病発見を目指しています。従来の健診から、さりげないセンシング、気付かないセンシングへと研究が進められています。
(以上で講義終了)
〔グループトークによる質疑〕(質疑のみ記載)
Q1.ロボットを使用した理学療法で高いエビデンスを取得する方法はあるか?
Q2.専門用語を使わず一般向けにエビデンスレベルを説明する方法はあるか?
Q3.新商品やサービスは、どの程度のエビデンスレベルを取得しておくべきか?
Q4.数値に表せない精神的な安定や幸福感をエビデンスで表すことは可能か?
Q5.東北大学で認知症に関するエビデンスはどの程度進んでいるか?
Q6.ウェラブルデバイスを活用した未病の予測の事例を教えてほしい。
Q7.床や椅子に座る場合、病気になりやすい違いはあるか?
Q8.日常生活人間ドックで研究されている具体的なセンサー何か?
Q9.唾液によるDNA分析と、永富先生の研究分野の共通点はあるか?
Q10.機能性食品分野でエビデンスレベルが理解されていないとする理由は?
Q11.心筋梗塞発症のリスクが国ごとに異なる場合、危険因子も異なるか?
Q12.スポーツ後は、体を温めた方が修復反応が良いのではないか?
〔総括〕
村田特任教授よりポイント3点が示されました。
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- 疫学の考え方とエビデンスレベルの説明がありました。新しく効果があるとされるニュースや記事に対して、何を研究対象として、どのエビデンスレベルがどの程度であるかという視点を持つことが大切です。
- Evidence based(エビデンスベースド)の長所は信頼性が高く介護領域で国も推奨しています。しかし、個別性が高くないため一人一人に当てはまりにくいという短所があります。
- その解決策として、東北メディカル・メガバンク機構が取り組んでいる個別化予防、個別化医療があげられます。世界有数の複合ゲノムバンクとして、一人一人に対するゲノムの調査によって、個別的なアドバイスや対処策が明らかになるということです。
以上
(文責:SAC東京事務局)
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