SAC東京6期コースⅠ第8回月例会 事務局レポート

口からみた社会と健康の関係 -地域共生社会で新型コロナとの共存を

大学院歯学研究科副研究科長、スマートエイジング学際重点研究センター 予防予測医学研究部門長の小坂健教授による「口からみた社会と健康の関係―地域共生社会で新型コロナとの共存を」が講義テーマです。

小坂教授は、社会と健康の問題、リスク評価及び介護福祉政策の第一人者でありながら、厚生労働省新型コロナクラスター対策班の一員として新型コロナウイルス対策の最前線で活躍されています。国立感染症研究所と厚生労働省に勤務された経験を活かし、両組織のつなぎ役を担いながらオンライン会議やファイルの共有システムの導入に尽力された話から講義が始まりました。

我々の武器は何か?DATA&INTELLIGENCE

厚生労働省新型コロナクラスター対策班立ち上げ当初の混沌とした状態と、小坂教授が感じた理想と現実から講義が始まりました。

[理想]

  • 感染研・厚労省とクラスター対策班のつなぎ役
  • オンライン会議やファイルの共有システムを導入
  • クラスター室で感染を起こさない

[現実]

  • 厚労省の対策本部はカオス状態
  • 持ち込んだPCは省内のLANにはつなげず
  • リスクの高い人沢山いる

従来の感染症報告システムはFAXによって各保健所でまとめていましたが、オンラインによる迅速な対応を目指し、企業にスマートフォンのアプリシステムを開発してもらいました。

しかし、導入するにあたり個人情報保護の壁や政治家への忖度、責任の曖昧さによって実用化が阻まれ、唯一、長崎県だけがクルーズ船が寄港した際にそのシステムを使うだけに留まりました。

国や行政に頼ってもうまくいかないため、専門家有志で「新型コロナウイルス感染症:拡大防止活動基金」を設立しました。設立45日で3億円を突破し、医療機関や社会的弱者への支援に充てられています。

CONFLICT Management:コンフリクト・マネジメント

これら一連の経験からハーバード大学の最初の講義で習うCONFLICT Managementが紹介されました。ネガティブに評価されがちな状況を組織の活性化や成長の機会と捉え、積極的に受け入れて問題解決を図ろうとする考え方です。

組織内のコミュニケーションが円滑になり人間関係が強固になる過程や、異なる意見を集約する過程で新しいアイデアが生まれることの重要性を説明されました。

SARS-CoV2(新型コロナウイルス)とACE2(Angiotensin-converting enzyme 2:アンジオテンシン変換酵素II)

歯垢1グラム中には1〜3兆個の細菌があると言われ、10秒のキスで8,000万個の細菌が移ります。免疫によいとの論文もありますが、単純ヘルペスウイルスやヒトパピローマウイルスHPVの原因にもなります。

SARS-CoV2は、口の中の舌や唾液に多く発現するACE2と呼ばれる受容体に感染します。そのため、話したり大声を出したりすると飛沫による感染の可能性が高くなります。

温度と相対湿度RHとウイルスの生存

寒くなるとウイルスが生き残りやすくなります。液体鼻粘液のウイルスの場合、27℃では24時間生き残りますが、4℃では48時間も生き残ります。

高温多湿が感染制御に良さそうですが、湿度の条件についてはそれほど明らかになっていません。不活性化する前の飛沫核の状態はより遠くまで飛び、肺の深くまで入り込む恐れがあるため相対湿度は40~50%程度が良さそうです。

換気は持続的に短く行うことが目安となりますが、換気ができているかを可視化する方法としてCO2モニターが紹介されました。三密チェッカー(密閉・密集・密接の測定)のアプリにCO2モニターが加われば、これからのコロナ時代を生き残るスマートフォンデバイスになるかもしれません。

呼気における呼吸器ウイルスの排出とマスクの有効性

マスクをしているとマスクをしていない場合と比べて、他人への感染を防ぐ効果はかなり立証されています。しかし、マスクをしているからと言って自分への感染を完全に防ぐことはできません。

患者も医療従事者もマスクを使用することで、双方に感染者が減っていったハーバード大学の研究結果が紹介されました。人々が常時マスクを着用する感染予防策をユニバーサルマスキングと呼びます。

このユニバーサルマスキングにはワクチンのような効果もあります。マスクを着けてSARS-CoV2に感染した場合、重症化には至らず体内に抗体ができたという事例が紹介されました。

歯が多いと要介護期間が短い

日本老年学的評価研究(JAGES)は全国の市町村と共同し、約30万人の要介護認定を受けていない高齢者を対象とした調査を毎年行っています。そこから、歯の数は様々な疾患と大きく関与していることが分かってきました。

歯が多いほど健康寿命は長く要介護期間が短いということが明らかになっています。逆に、歯が少ないほど3年後の自立した生活が困難になること、義歯を使わずよく噛めなくなると認知症発症のリスクが1.9倍、閉じこもりリスクも約1.8倍高くなることが数値で示されています。

味覚障害と健康の関係

人間が生きていく上で「うま味」感覚は重要です。口だけではなく胃の中にも「うま味」受容体があり胃瘻であっても「うま味」を味わうことができます。

高齢者の嚥下障害、肺炎予防、治療に効果がある食材や薬、摂食嚥下機能向上グミ、さらには歯周病検知や口腔がん検知といった口腔ケアが紹介されました。

介護のあり方共同研究

小坂教授は、東日本大震災以前から宮城県岩沼市と「介護のあり方共同研究」を行っており、高齢者の生活習慣を研究しています。塩分制限やとろみの分類も必要ですが、食材や食べる人への気持ちも重要です。

一人暮らしの男性は、一人で食事をしていると2.7倍うつになりやすいことが分かっています。何を食べるかも大事なことですが、おいしく食べるか、誰と食べるかが重要です。

運動や歩行は抑うつ度の悪化予防に効果的であり、震災前の地域の結びつきを維持することによって外傷後ストレス障害(PTSD)の発症抑制につながります。

健康や幸福の決定要因

米国人を対象にした2007年の研究論文によれば、死因に寄与する要因において、遺伝30%、社会情勢15%、医療10%、環境5%ですが、一番高い要因は行動の40%です。遺伝情報よりも住む場所によって寿命に影響するようです。

どのような要因が死亡率を下げるのかを見てみると、「ソーシャルサポート」「複合的な方法による社会参加・統合」が禁酒、禁煙、インフルエンザワクチン、運動を抜いて上位にきています。

運度は一人より仲間で行うことがお勧めです。ワクワクするような内発的動機が高次な自己実現欲求の実現につながっているからです。

ポジティブサイコロジー

 「健康」に関する研究も「病気」の研究をしているのが実態ですが、病気を研究するのではなく、人間の成長や生活の質を高めるため、何が必要なのかに注目する「ポジティブヘルス」が重要となります。

老いも若きも、障がいや疾病を抱えてもお互い様で支える「ごちゃまぜ」のまち「Share金沢」の事例が紹介されました。サービス提供側も受ける側も「ごちゃまぜ」になる新しい形態なので、障害者が支援する側にもなります。

社会的処方と新しい健康の定義

 医療と既存の地域サービスを融合させる「社会的処方」という言葉を広げたいと考えている小坂教授です。痛みに対して処方薬を渡すのではなく、一緒に運動したり美術館を訪れたり、作業を行うことで痛みを忘れさせて改善を図る考え方を言います。自立支援から地域共生社会へ、薬ではなく社会的処方が重要です。

WHOは健康の定義を、単に疾患が無いとか虚弱でない状態ではなく、「身体的、心理的、社会的に完全に良い状態」としましたが、時代のニーズに合わなくなってきました。障害を持って生まれてきた人に対し配慮が欠けるため、健康の概念の見直しが必要です。

最近の研究によれば、新たな健康の定義は、社会的・身体的・感情的な問題に直面した時に「適応しなんとかやりくりする能力」と見直されています。復元力、すなわち問題に対処し、その人の統合性とバランスと健やか感を維持したり回復したりする包容力に基づいた定義です。

感染症共生システムデザイン学際研究重点拠点

治療薬、ワクチンの開発にもよりますが、SARS-CoV2との共存はまだ続く可能性が高いと示唆されています。人とのコミュニケーションを妨害するウイルスである一方、新しい社会変革が起きるチャンスとも捉えられます。

従来のように、単にウイルス学や感染症学だけの問題解決ではありません。東北大学は、国際的な枠組みや文化的な背景、多次元数理モデルのアップデートやビッグデータの活用など専門部署を結集した感染症共生システムデザイン学際研究重点拠点を学内に設置しました。

小坂教授は地域包括ソーシャルデザインチームにおいて、地域の課題に新しいシステムで社会実装しマネジメントしていく研究を担当します。コロナ禍における孤独や自殺者を食い止めるために、孤独を評価するアプリの開発や、コミュニケーションを増やすための新しいソフトウエアの研究を行っています。民間企業との共創による社会実装が大きなテーマです。

(以上で講義終了)

グループトークによる質疑(質疑のみ記載)

Q1.ペットを飼うことはコミュニティの形成や健康寿命の延伸につながるか?
Q2.死亡率を下げる具体的な社会参加の方法はなにか?
Q3.歯周病検知のメリットはどのように説明したら伝わるか?
Q4.オンラインで会話したりテレビを観ながらの食事は、うつ病回避に効果があるか?
Q5.胃にもうまみを感じる受容体があるが、どの程度のうまみを感じるのか?
Q6.高度変容、心の幸福、モチベーションの関連性はあるか?
Q7.SARS-CoV2対策としての換気は、どのくらいの頻度で行うと良いか?
Q8.死亡率を下げるソーシャルサポートの定量化や可視化は可能か?
Q9.65歳以上の女性の歯の本数と要介護期間が、男性の傾向と異なる理由は?
Q10.ユニバーサルマスキングについて詳細を教えて下さい。

総括

村田特任教授よりポイント3点が示されました。

  1. SARS-CoV2は口の中のACE2と呼ばれる受容体に発現しやすいため、口周りの衛生管理が重要です。冬に向かって空気が乾燥すると飛沫から飛沫核に変化することにより、通常のマスクでは防ぎきれません。そのため、CO2濃度が1,000PPM以下になるような持続的換気が重要になります。
  2. JAGESの調査結果より、歯の本数と要介護期間や認知症発症リスク、閉じこもりのリスクの関係が大きいということがわかりました。高齢者の食のあり方としては、本人がいかにおいしく食べられるかという主観的幸福度も大切であり、そこに工夫とエネルギーを注ぐことが重要です。
  3. 健康の概念の見直しとして、医療だけでは健康維持はできないポジティブヘルスという考え方が紹介されました。病気の悪いところでだけを見るのではなく、どうやったら健康になるか、その例として「ごちゃまぜ」という考え方、社会的処方が紹介されました。東北大学としては、感染症共生システムデザイン学際研究重点拠点というイニシアチブの紹介がありました。

以上

 

 

 

(文責:SAC東京事務局)

 

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