SAC東京6期コースⅢ第6回月例会 事務局レポート

無限大の価値を創造する~未利用資源の完全利用・高付加価値化技術~

コースⅢ第6回月例会は、大学院工学研究科 化学工学専攻反応プロセス工学分野の北川尚美教授による「無限大の価値を創造する~未利用資源の完全利用・高付加価値化技術~」が講義テーマです。

北川教授の専門は、反応工学(化学+生物)プロセス(装置)設計です。東北大学工学部化学工学科を卒業後、同大学院で「植物細胞培養による物質生産」の研究で女性初、学科初となる博士号(工学)を取得されました。2018年には東北大学発のベンチャー企業となるファイトケミカルプロダクツ株式会社を設立し、CTOとして社会実装に向けた活動も行っています。

本日の講義は以下の4つの項目となっています。

  1. 解決したい社会の課題
     ①高齢化社会での健康維持
     ②資源循環型社会の実現
  2. 課題解決のための生産技術
     ①資源循環のための新たな考え方
     ②基盤技術となるイオン交換樹脂法
  3. 事業化への取組み
  4. 今後の研究・事業構想
     ①マルチ生産システムの普及
     ②健康寿命のモニタリングシステム開発

高齢化社会での健康維持

北川教授は、健康増進のために医薬品に頼らなくても、毎日の食事によって健康維持が可能となる仕組みづくりを目標に掲げています。はじめに、特定保健食品、栄養機能食品、機能性表示食品の機能性、安全性の比較を年代の変遷とともに説明されました。

特定保健食品は、ヒト試験が必須となり消費者庁の認可を得るのに数年かかります。これに対し、2015年に導入された機能性表示食品は、ヒト試験は推奨としており、研究機関などの公開データを利用して届け出のみで認可が得られます。

機能性表示食品の成長は著しく、成分別届出数で見ると難消化性デキストリンやGABA、EPA、DHAの順に多く、その中でも発酵による生産や、天然物から分離回収された10万円/kg以下の安価な素材に集中して製品化されています。

天然素材を機能性表示食品に活用するための要件として、下記2点が挙げられました。

  1. エビデンス用高純度試薬の低コスト供給
  2. 商品製造用の安価な汎用原料の量産供給

高純度試薬の価格は、現状10万円/g程度と言われます。ヒト試験1回につき最低600g使用するため、6千万円近く必要となり試験は実質困難です。これをいかに安く提供できるかが天然素材の活用推進の要件であると説明がありました。

資源循環型社会の実現

バイオマス資源である植物油はトリグリセリドの構造を持ち、植物が生合成した物質です。また、脂肪酸の炭素鎖長や二重結合の種類で融点が異なります。植物油は約8割が食用、残りの約2割が工業用(洗剤、石鹸、香粧品)に使われています。

この2割にあたる工業用の原料は全てパーム油から出来ていますが、パーム油を絞る搾油工場は経済性が低く、約8割が有効利用できない廃棄物となります。

一方、製油工場や素材工場は廃棄物が少なく経済性が高いため、搾油工場に利益が還元できるような産業構造の組み換えが重要なのです。

同様に、米ぬかから絞られた米油を精製する際、有効利用術が無いため2割は未利用油として焼却処理されます。パーム油や菜種油など全ての未利用油を合わせると、日本で約33万トン、世界では約3,814万トンも廃棄物として出ています。

北川教授は、食用油をバイオ燃料に回すのではなく、これらの捨てられている未利用油からバイオ燃料が作られれば、世の中が綺麗に循環するとして技術開発を行っています。

資源循環のための新たな考え方

 課題解決のコンセプトとして、資源循環型社会の実現という目標を掲げられました。これは、5年、10年先に実際に既存産業で出てくる未利用資源の完全利用と高付加価値化が成り立つことを実証することがねらいです。

ここで、北川教授は環境適合性と経済性を両立する技術の開発が必要であるとし、製造プロセスを再定義した結果、製品に注目した単一製品の経済性のみを検討するのではなく、バイオマス原料に注目して製品全体での経済性に着目したマルチプロセスの考え方を採用しました。

そこで、バイオマス生育から最終製品化まで国内実施が可能であり、土地利用も含め食と競合しない唯一の国産植物油である米ぬかから米油を作る過程にマルチプロセスを適用しました。

その結果、未利用油からスーパービタミンE、ビタミンE、スクワレン、ステロール、ショ糖エステルといった、様々な機能性成分の抽出が可能となる発見につながりました。

基盤技術となるイオン交換樹脂法

通常、「イオン交換樹脂法」は工業排水から金属イオンを取り除く場合に使用します。北川教授は、これを未利用油で行った結果、脂肪酸エステルのバイオ燃料やビタミンE類を取り出す高い触媒活性の特徴を発見することができました。

そこから、企業や自治体との装置化に向けたアクシデントや設備投資回収の問題など様々な課題を乗り越え、ビタミンEとエタノールを作るファイトケミカルプロダクツ株式会社を2018年に設立しました。

また、事業化から遡ってイオン交換樹脂の特徴、陰・陽イオン樹脂の活性検討、モデル解析による反応制御など、研究室の実験装置から種子島への装置化へスケールアップに至った経緯が説明されました。

事業化への取組み

事業化早々、スーパービタミンEやビタミンEの価格的な価値は高いが市場が小さい、また、脂肪酸エステルは価格が安く大量に作らないと設備投資が回収できないといった投資家からの課題に直面しました。

そこで、米ぬか由来の製品の市場規模、成長性を分析しました。その結果、スーパービタミンE(トコトリエノール)は、現状は高価格である副成分としての利用が今後見込めるため、低コスト化と量産化を実現し、主成分への展開で市場の飛躍的な成長を狙うところにターゲットを絞りました。

ビタミンEは世界市場で約2,000億円あり、そのうちの9割は合成品です。残り1割の天然ビタミンEは、価格が合成品の約5倍もします。これは、製造コストが高いため採算に見合う量しか天然ビタミンEを製造しないからです。

北川教授はそこに着目し、廃棄されている大豆や菜種から天然ビタミンEを、また、パームや米ぬかからスーパービタミンE(トコトリエノール)を安く作り、できる限り天然物を再利用する仕組みづくりを目指しています。

トコトリエノールの特徴は、ビタミンEの50倍の老化抑制の抗酸化活性を持ち、コレステロール低下や脳機能の改善、ヒアルロン酸生成促進の機能を持ち、食品や化粧品の原料として注目されています。

また、廃棄物を使うことで土地利用でも食との競合はなく、イオン交換樹脂法による製造により低エネルギー、廃棄物ゼロ、高効率、アレルゲンや毒性のない薬剤利用による安全な製品の製造が実現可能となります。

北川教授は、企業として次の2点を目指しています。

  1. 未利用資源から無限大の価値を創造→農業を含む持続可能な経済循環を創出
  2. 新たな産業と地域雇用を創出→技術と人材を世界に展開、SDGsに貢献

マルチ生産システムの普及

 スーパービタミンEの生産性を最大化するために、実験による現象把握と数学モデルによる解析を組み合わせたプロセス工学的研究手法が紹介されました。これにより、装置は段階を経てスケールアップし、現在は種子島に実用スケール燃料製造装置を3塔設備しています。

燃料や日用品、食品、化粧品、医薬品など多くの企業に対し、原料に応じたマルチ生産システムを設計しており、様々なバイオマス資源に適用可能となっています。

健康寿命のモニタリングシステム開発

北川教授は、油が体内でどのように変換され酸化されるのかという研究も行っています。例として、β-カロテン含有飲料を飲んだ後、β-カロテンが酸化されることなく体内に運ばれる方法としてモデル解析が紹介されました。

このことを生体膜脂質酸化の酸化予測に応用し、健康診断の時点で高LDLコレステロール血症と診断される前に、生体膜脂質の酸化と関連物質の濃度変化の関係を用いた新たなモニタリングシステムで早期発見につながる研究も行っています。

(以上で講義終了)

グループトークによる質疑(質疑のみ記載)

Q1.トコトリエノールの利用に関し食品と化粧品のどちらに興味があるか?
Q2.サラダ油はあまり健康に良くないのか?
Q3.健康寿命のモニタリングの具体的な構想はあるか?
Q4.健康寿命のモニタリングシステム構築にかかる費用と時間はどのくらいか?
Q5.研究から事業化までのモチベーションとなったものは何か?
Q6.米ぬかに価値が出て原料として高くなった場合どうするか?
Q7.米ぬか以外に目を付けている物質はあるか?
Q8.スーパーシティ構想との接点はあるか?
Q9.合成ビタミンEと天然ビタミンEの大きな違いは何か?
Q10.研究内容でエンタメ業界に活かせることはあるか?
Q11.食品産業で捨てられている不要物をエネルギー産業で活かせるか?
Q12.研究しやすいバイオマス資源は何か?
Q13.将来のビジョンが明確に描かれることとなったきっかけは何か?
Q14.マルチ生産にパーム油を適用すると環境破壊を防ぐことにつながるか?

総括

村田特任教授よりポイント3点が示されました。 

  1. 局所最適から全体最適を形にされました。すなわち、20世紀の石油化学産業ベースでできている現行のプロセスを、資源の再利用やバイオマスの活用を考えたマルチプロセスで経済性の最適化を実現されました。
  2. 未利用資源の活用において、製造プロセスのイノベーションがカギとなりました。水処理を油処理で実験したイオン交換樹脂法は、身近にあるものを新しい使い方で考えた新しい発想の例です。また、そこに低環境負荷、高効率製造、安全な製品という視点が加わったこともポイントとなります。
  3. ローカルからグローバルへの展開手法を開拓したことです。その地域や国の未利用資源に注目し、新しい付加価値を加えて製品化したことです。今回は米ぬかでしたが、海外であればその地域の未利用資源を活用し付加価値を加えることも可能となります。

以上

 

 

 

(文責:SAC東京事務局)

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