SAC東京コースⅠ第10回月例会 事務局レポート

1月19日開催 SAC東京コースⅠ第10回月例会 事務局レポート

今回の月例会講義は加齢医学研究所・生体防御分野の小笠原康悦教授による「免疫機能を活用して健康支援産業を創出する」がテーマです。

まずは生体防御分野研究室の紹介から講義が始まりました。金属アレルギーの原因である病原性T細胞を発見した小笠原教授は、さらにNK細胞ががん細胞を殺す仕組みも発見し、がん治療にも貢献しています。

免疫機能を利用した産業化

二日前にも科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」から論文が受理されたという教授は、免疫機能を活用して考えられる産業はどんなものなのか、という視点から講義を展開していきました。

創薬

まずは創薬への応用です。抗体とは抗原(病原体や異物)に対して特異的に結合して、その異物を生体内から除去するタンパク質です。自己免疫疾患における抗体医薬、予防接種に使われるワクチン(抗原摂取)や、免疫細胞ががん細胞を攻撃するがん免疫療法などの細胞療法へ利用されています。

小笠原教授は留学中に糖尿病の自己免疫疾患抗体医薬を開発し、論文を発表しました。しかし、創薬には10年以上の時間がかかることもあり、当時は企業に理解を得られず産業化に繋げることはできなかったという苦い経験を持っています。超高齢社会の今こそ、大学のシーズを産業に結び付けたいと熱意を持って参加者に呼びかけました。

さらに、免疫機能を「治療」だけではなく、「健康維持」に活用することで新たな産業が生み出せると説いていきました。健康維持のカテゴリーは健康食品、健康機器、保険など、健康チェック・サービスへの応用です。

「免疫」とは

免疫機能を利用した新たな産業化のために、まずは免疫機能・細胞の特徴を知る必要があります。「免疫」とは予防接種のように、一度感染したら再感染せず疫を免れるということです。

免疫細胞

「免疫細胞」とはリンパ球の細胞の集団であり、4種類の細胞がありそれぞれ次の機能があります。
「マクロファージ」は偵察隊、「T細胞」には免疫反応の司令塔となる「ヘルパーT細胞」と兵隊の役割を果たす「キラーT細胞」があります。「NK細胞」は護衛隊、「B細胞」は鉄砲隊として鉄砲の弾となる抗体を産生します。

ウィルス感染時の反応と免疫システムの特殊性

ウィルス感染時の反応は、まず緊急応答として「マイクロファージ」、次いで「NK細胞」が働き、その次に「T&B細胞」によって「多様性」「特異性」「記憶」という3つの特徴をもつ免疫システムが働いていきます。

「多様性」
T細胞受容体は、1×10の18乗ものレパートリーを持ち、どんな異物や病原体へも対応できます。

「特異性」
選択された1つの受容体(抗体)は1つの抗原に対応するという、言わばカギとカギ穴の関係性があります。がん(抗原)にぴったり一致した受容体(抗体)が選択されることによって、がんをやっつけることができます。すなわちこの受容体をみつけることが重要になります。

「免疫記憶」
一度、予防接種をしていると病気にならないということです。2回目の方が早く、強くなります。

免疫モニタリング

ゲノム解析によるDNAの遺伝情報から、一生変わることのない「病気のなりやすさ」を測ることができ、免疫受容体解析からは、感染やがんなどの刻々と変化している身体の状態を測ることができます。これが免疫モニタリングです。

T細胞受容体(TCR)レパートリー解析

小笠原教授は組織からまるごとT細胞受容体遺伝子を取り出してレパートリーを測る方法を開発しました。「NK細胞を測る」ということは、がんや感染への緊急対応能力を測るということです。「T細胞とB細胞を測る」ということは、刻々と変化する健康状態とそれに対応してきた免疫細胞受容体の記憶を測るということです。

T細胞受容体(TCR)は1×10の18乗という非常に多くの多様性を持っています。今までこの領域へ手を出す人は多くはありませんでしたが、今は情報処理技術が進み大規模解析が可能となりました。金属アレルギーなどのTCR解析例を示しながら、TCRレパートリーを調べたという小笠原教授です。

すでに東北大学は非バイアス増幅による定量的レパートリーの解析技術を開発し、HaploPhama社を窓口として解析技術を提供しています。それは正確な5’塩基配列解読が可能で、定量性が高い新技術です。

創薬としての応用〜個別化がん治療

病気を防ぐ、あるいは病気の原因となるT細胞受容体を決定することによって創薬への応用が期待できます。キラーT細胞(殺し屋細胞)が認識する受容体を特定し、人工キラー細胞をつくることによって個別化がん治療も可能となるのです。化粧品や化学物質などにも応用ができます。

健康管理モニタリングとしての応用

T細胞受容体レパートリーを測るということは現時点の免疫記憶を測るということです。すなわち病気の既往がT細胞受容体のレパートリーとして残り、それを調べると免疫の状態を測れます。この応用から健康チェックやモニタリングという新産業が可能と強調する小笠原教授です。

TCRレパートリーの使い道

免疫状態に影響するものとして食やライフスタイル、体質の変化、ストレス、運動などがあり、これらの状況によって皮膚、口腔、腸内細菌叢の状態が変化します。

T細胞受容体レパートリーから個人の過去の病歴を知り、疾患のデータベース化ができれば個人の対疾患免疫状態をモニターできるようになります。さらにタイプ別に分けることができれば様々な病気に応用でき、オーダーメイドな健康管理が可能となります。なんと創薬だけでも数兆円の市場規模となると見込まれています。

加齢疾患、認知症への応用

すでにアルツハイマー型認知症にも免疫が関与していることがわかってきました。アミロイドβに対する免疫(抗体)療法に効果があったという報告もあり、より効率的な個別化医療として治療法、予防法・診断法が提案されています。

今後の予定

小笠原教授は産学連携による研究開発コンソーシアムを設立したいと考えています。事業化に必要な研究開発を行い、脳機能、口腔健康、皮膚健康、腸内健康などのシーズを産業化することを目指していきます。

小笠原教授は参加者に協力を呼びかけつつ、講義は終了しました。

【アイスブレイク】

講義内容の理解を深めるために村田特任教授から小笠原教授へ以下の質問が投げかけられました。(以下、質疑のみ記載)

Q1.「レパートリーが多様である」とは何が同じで、何が違うのか。
Q2     多様性と特異性の再確認。
Q3.T細胞受容体のレパートリーを測る意義は何か。
Q4.ゲノム解析と免疫解析の再確認
Q5.健康管理モニタリングの再確認
Q6.腸内細菌叢の再確認

【個別質疑】



Q1.血液から全体が分かるのか。
Q2.口腔内や腸内細菌叢の今後の可能性をどう見ているのか。
Q3.個別モニタリングはどのような期間サイクルを想定しているのか。
Q4.アルツハイマー型認知症におけるアミロイドβに対する免疫をもう少し詳しく知りたい。
Q5.免疫は抵抗力低下のイメージであるが、感染までいかないレベルは常在菌の変化をみるレベルでできるのでないか。

【グループトーク】

6グループに分かれ、講義の内容を深掘りしながら共通する質疑をまとめ、グループリーダーが講師に質疑をしていきました。各グループから出された質疑は以下の通りです。



<グループ4>
Q1.加齢すると免疫力が落ちるのはT細胞やB細胞の低下、あるいは免疫記憶の忘却なのか。
関連Q.<グループ2>健康管理精度の観点から見ると、年齢とともに反応が低くなるので検査に必要な血液量は増えるのか。
Q2.過去の病歴によって何年間の病歴がわかるのか。その病名まで分かるのか。

<グループ2>
Q1.レパートリー解析はペットではどうか。

<グループ3>
Q1.ゲノムの組み合わせのイメージはどうか。HMCの組み合わせ 白血球
Q2.検査コストイメージはどうか。



<グループ5>
Q1.ゲノム解析と生活習慣が疾患に結びつくと学んできたが、免疫も生活習慣との関係性があるのか。
Q2.1×10の18乗もあるTCRの解析能力の進捗状況と疾患への対応は結びついているのか。

<グループ1>
Q1.花粉症アレルギーの応用はどうか。
Q2.T細胞で分かることは絶対量か相対量か。

<グループ6>
Q1.健康食品とT細胞の関係、例えばサプリメントへの応用はどうか。
Q2.免疫細胞は生まれつきのもので、後天的に絶対できないものか。

【総括タイム】

講義、アイスブレイク、個別質疑、グループトーク、グループ質疑を経て、最後に村田特任教授が以下のように総括しました。

(1)免疫機能を活用すれば、自己免疫疾患、感染症、がんの創薬以外に対疾患免疫力モニタリングが可能。ここに新たなビジネスチャンスがあることがわかった。

(2)ゲノム解析でわかる先天的な疾患はまだ一部。これに対して、T細胞受容体レパートリー解析では後天的な疾患に対するこれまでの履歴と現状の免疫状態がわかる。この知見は一般にはあまり知られていないが、かなり有用だ。

(3)東北大学発ベンチャーに結びつく研究開発コンソーシアムとしても有望なテーマである。

この総括を参加者全員が必死にメモをとる姿が印象的でした。以上をもちまして、SAC東京第10回月例会が終了いたしました。

これまでは、健康寿命延伸を司るのは遺伝子が7割、生活習慣が3割を占めるという認識がありました。しかし、その二つに免疫機能が付加されることによってさらにスマート・エイジングの実現が可能となることを学ぶことができました。しかもまだまだビジネス領域として未着手分野が多いことも興味深いところです。一つの研究開発、あるいは技術開発が様々な分野へ派生していきます。このSAC東京が担う役割の大きさを再認識する月例会となりました。

以上

(文責)SAC東京事務局

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