SAC東京6期コースⅡ第9回月例会 事務局レポート

東北メディカル・メガバンク計画とゲノム医療

コースⅡ第9回月例会は、東北メディカル・メガバンク機構長、大学院医学系研究科 医化学分野の山本雅之教授による「東北メディカル・メガバンク計画とゲノム医療」が講義テーマです。

東日本大震災で大きなダメージを受けた東北地方の創造的復興のために、東北メディカル・メガバンク機構が設立されました。最先端の未来型医療を地震と津波で被災した方々に迅速に届けたいという願いは、より健康で豊かな生活を実現し「健康長寿の国」を作る活動につながっています。「未来型医療の代表例は個別化予防と個別化医療である」ということを、被災地でやろうと決心した山本先生の講義が始まりました。

個別化医療と個別化予防

個別化医療が病気の発症後に患者に合った正確な診断・治療法を選択することに対し、個別化予防は健常な人々のゲノムや健康状態をチェックして適切な健康管理で予防することです。

「大規模前向きゲノムコホート調査」(コホート=母集団)により、未来型医療のエビデンスとなるビッグデータを収集・追跡調査を行う複合バイオバンクをつくりました。学術や産業の基盤として利用希望者はデータを利用することができます。

東北メディカル・メガバンク機構が世界最先端かつ、国際的な優位性を有する理由として、出産前の妊婦から遺伝子の記録を取る家系情報付前向きコホート・バンクが挙げられます。その数は、2012年から2017年の間で住民8万人+出生三世代7万人=計15万人に上ります。

コホートリクルートの様子

地域住民コホートは宮城県沿岸部を中心に8万人以上の成人登録を行い、三世代コホートは病院などで妊婦さんを中心に協力を依頼し、子から三世代に渡る7万人の協力を得ました。

そこには、東北大学への信頼だけでなくリサーチコーディネーターの活躍が大きかったようです。海外ではTVCMや宣伝広告による募集を行うようですが、途中で中止となるケースが大半です。

山本先生グループのコホート調査が成功した理由は、自治体の特定健康診査会場に出向いたり、産科医院に常駐して妊婦に直接協力を依頼するなど、一人一人に対して丁寧に説明したことです。

コホート調査の対象疾患は、悪性新生物、心臓病、脳血管疾患、糖尿病、認知症・精神疾患などが挙げられ、小児にはアレルギー疾患も加わります。調査項目は一般の人間ドックよりはるかに充実しており、無料かつ長期追跡調査を行います。検査結果は個人の健康管理に役立てられ、病気が発見されると市町村に伝達されることで必要な対策につながります。

バイオバンク構築とゲノム・オミックス解析

東北メディカル・メガバンク機構の強みは、解析センターを併設した複合バイオバンクであることです。生体試料の分譲(分譲=知財を渡し、対価を得る)による枯渇を防ぎ、様々な人が使える遺伝子のデータ化を積極的に推進しています。日本の共有資産としてAI・ビッグデータ時代の要望にも対応しています。

健診センターからバイオバンクに届く生体試料は、外部からの特定が出来ないように匿名となるIDに変えられます。血液から血清、血漿などが保存され、一部の参加者については尿や母乳も保存されます。また、DNA抽出とともに不死化細胞・増殖細胞の作成も行っています。

東北メディカル・メガバンクにおけるゲノム解析が3点説明されました。

  1. 全ゲノム解析の実施:日本人全ゲノムリファレンスパネルを構築
  2. 簡易ゲノム解析ツールの開発と大規模解析の実施:日本人に最適化した簡易ゲノム解析ツール「ジャポニカアレイ」を開発
  3. オミックス解析の実施:日本人多層オミックス参照パネルを作成

オミックスとは、遺伝子の発現、たんぱく質の構造解析・たんぱく質の立体構造決定など、個々の網羅的分子情報の基礎研究から種々の分子情報の差異と共通性に基づいて、全体性において把握することです。

健常な日本人の全ゲノム解析を実施する必要性として2点が説明されました。

  1. がんや難病などの病因解明に向けての大いなる可能性がある
  2. 患者ゲノム解析結果の活用には大規模な比較対照用データを整備する必要がある

患者のゲノムだけでは、病気との関連が分からないということを示されました。また、日本人のゲノムは欧米人のものと大きく異なり、日本のゲノム医療には日本人のゲノム構造を正確に決める必要があります。

東北メディカル・メガバンク機構におけるゲノム解析の未来型医療実現への貢献

東北メディカル・メガバンク機構の8,300人分の全ゲノムリファレンスパネルの活用法として、以下の3点が紹介されました。

  1. がんや難病性疾患、未診断疾患に対するクリニカルシークエンス解析に必須の対照配列(リファレンスゲノム)情報となる
  2. 「層別化創薬」促進支援にも活用できる:ゲノム基盤に立脚した個別化創薬支援の基盤となる
  3. 個別化予防研究の促進のためのエスニックアレイ作出:日本人向けのゲノム詳細解析用アレイを作製して安価な擬似全ゲノムシークエンス解析を可能にする

がんや診断のつかない病気の治療にゲノム情報が大きく貢献しています。また、日本人は集団内での遺伝的同質性が高いため、宮城・岩手中心の情報でも有用性があることが紹介されました。

治験や申請などは、ゲノム・オミックス情報を活用して日本人をセグメント(層)に分けることによって層別化創薬が良いことも示めされました。

ゲノム医療のターゲット疾患は、がんや希少疾患、先天性疾患などが挙げられますが、生活習慣病などの多因子疾患が一番重要であるとの説明がありました。

遺伝子から一人一人の病気のなりやすさを予測するために、ジャポニカアレイは個別予防実現のためのキーテクノロジーであると考えられます。

山本先生の夢として、健診用ジャポニカアレイを活用した未来型健診が紹介されました。健診用ジャポニカアレイ解析を実施し、専門家の健診の後に個別予防指導が行われます。民族別の健診用アレイを開発することにより、未来型健診モデルの海外展開も期待ができます。

KEAP1-NRF2制御系

KEAP1(酸化ストレス応答に関連する因子)は、酸化ストレスなどに対するセンサー機能を持ち、ストレスを受けると不活性化して、NRF2(核呼吸因子2)を安定化・誘導します。

NRF2は転写因子であり、生体防御酵素群の発現を誘導制御します。

ヒトNRF2遺伝子を調べると、始まりから617番目の塩基がAとCのヒトがいることが分かりました。研究の結果、A/Aのヒトは急性肺障害などの重要なリスク因子であることが判明しました。また、肺がん患者に多いことも分かりました。

東北メディカルメガバンク機構の研究成果を基にした未来型健診モデルが日本の医療現場に広く活用される日がすぐそこまで来ています。

(以上で講義終了)

〔グループトークによる質疑〕(質疑のみ記載)

Q1.国や地域ごとの遺伝子情報の違いにより疾病確率が変わるのか?
Q2.ゲノム・オミックス情報を活用した層別化創薬に国が認可するか?
Q3.ゲノムから集中力や相性などの情報は得られるか?
Q4.コホート調査の対象疾患である認知症解析はどれくらい進んでいるか?
Q5.日本人基準ゲノムが日本人男子3名であった理由は何か?
Q6.コホート調査で6割の賛同を得られたノウハウやマニュアルがあったか?Q7.コロナ関連の研究構想はあるか?
Q8. 唾液から採取するDNA解析に関してどう思うか?

〔総括〕

村田特任教授よりポイント4点が示されました。 

  1. 殆どの疾患は、環境要因と遺伝要因で決まります。この要因を探し出すためにゲノムコホート調査が不可欠となります。前向き(健康)なコホート調査、三世代のコホート情報であることが重要です。
  2. バイオバンク構築とゲノム・オミックス解析では、日本人のゲノムは欧米人と違うこと、民族特異性が判明したことが挙げられます。日本人のゲノム構造を正確に調査するための基礎データと分析手法が重要です。また、東北メディカル・メガバンクでは、民間企業の利用が可能であることもポイントです。
  3. 未来型医療実現への貢献では、ゲノム医療のこれからの本丸は多因子疾患であるということです。生活習慣病系が多いため、生活習慣の改善の根拠に遺伝子要因の解析が役立ちそうです。ジャポニカアレイの開発によって、ゲノム解析が2万円以下になったことは非常に画期的です。
  4. KEAP1-NRF2では本橋先生、宇宙ストレスでは東谷先生が講義されたポイントと同様です。宇宙の研究を行うと加齢が分かるという面白い構造になっています。産業界との連携においては、共同研究企業名を見てもゲノム医療と関係ないと思われる企業が研究しています。是非一度、東北メディカル・メガバンクのドアを開けてみて下さい。

以上

 

 

 

(文責:SAC東京事務局)

 

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