SAC東京6期コースⅠ第7回月例会 事務局レポート

免疫機能を活用した健康支援事業の創出

コースⅠ第7回月例会は、加齢医学研究所 生体防御学分野の小笠原康悦教授による「免疫機能を活用した健康支援事業の創出」が講義テーマです。

小笠原教授はこれまでドレス細胞の発見や、がんを攻撃したNK細胞が細胞死に向かう仕組みの発見、金属アレルギーの原因解明、病原性T細胞の発見など様々な研究を行ってきました。その研究成果の一部が事業に活用できる段階となり、講義で紹介されました。

本日の講義は「健康を測る」をテーマとし、以下の6つの項目が説明されました。

  1. 疾病とは?
  2. ゲノムの免疫受容体
  3. 免疫受容体解析
  4. 免疫受容体解析の事業化
  5. 事業化への戦略と課題
  6. Withコロナ時代の戦略

1.疾病とは?

疾病とは単に遺伝要因が関係するのではなく、(遺伝要因+環境要因)×時間というメカニズムで進行すします。遺伝要因はゲノム解析(DNA解析)で把握し、環境要因と時間は身体の動的状況を解析することになります。

2.ゲノムと免疫受容体

ゲノムは遺伝情報でありDNAの中にあって一生変わりません。先天的なものであり、静的状況を示しています。DNA解析は既に実用化され価格競争の時代に入っています。

動的状況を捉えるには免疫受容体解析が有用です。主な免疫受容体としてTCR(T cell receptor:T細胞受容体)BCR(B cell receptor:B細胞受容体)があります。

免疫系が関連する疾患では、特定の疾患に対してTCR/BCRが後天的に変化します。生活習慣などの環境要因と時間を反映し、私たちの体がどんな疾患になりやすいかという動的状況を捉えることができます。

3.免疫受容体解析

免疫受容体を測定することで、健康を定量・評価できる今までにないモニタリング法です。ビッグデータ化することで寿命評価や、問診がなくても病歴が把握できるようになります。この解析方法を理解するためにまずは免疫機能、免疫細胞の特徴を知る必要があります。

ウイルス感染すると体内で緊急応答、すなわち自然免疫反応としてマクロファージが反応します。次にNK細胞(Natural killer cell:ナチュラルキラー細胞)が異物を排除しようと抗原に働きかけます。その後、多様性、特異性、記憶性の特殊性を持ったT細胞、B細胞が反応し、キラーT細胞抗体が抗原に作用します。

免疫の「多様性」とは、抗原に対して作られうるレパートリーのことです。T細胞受容体は理論的に1018ものレパートリーを持ち、偏りなく高精度で高速に計測する方法が不可欠です。

小笠原教授は、TCRレパートリー解析における非バイアス増幅法、エラー修復法、高速ソフトウエアの新技術を開発しました。競合他社と技術比較しても世界一の性能を誇るとのことで、残る課題はコストの低減です。

4.免疫受容体解析の事業化

免疫受容体を利用した事業化として、大きく2つが考えられます。

  1. 治 療 :①抗体医薬 ②ワクチン ③細胞療法 → 創薬・未来医
  2. 健康維持:①健康食品 ②健康機器 ③ 保険  → 健康チェック・モニタリング

 個人のT細胞受容体、B細胞受容体を解析することで過去の病歴や健康状態を測り、健康チェックやモニタリングが可能となります。小笠原教授は、これを応用して健康食品や健康機器、保険産業に対する健康モニタリング事業を考えています。

10mlの採血でサンプル調整を行い、非バイアス遺伝子増幅をした後、独自のソフトウエアで遺伝子構造解析したものをデータ化します。健康マーカーの実用化検証は長い時間が必要でしたが、事業化段階のStep4に向けて、現在Step3の共同開発、資金調達の商品化レベルに入りました。

免疫受容体解析の将来の展望として次の2点が説明されました。

  1. ビッグデータ化、バイオインフォマティックス:健康管理の情報化
  2. 疾患に応じたTCR/BCRの特定:健康のマーカー、創薬のリード物質

創薬だけでも数兆円の市場規模となり、免疫受容体解析は事業化のシーズとなる説明がありました。

5.事業化への戦略と課題

免疫受容体解析によって健康モニタリングによるリスク評価、リスクの細分化を可能とし、個別化健康管理を事業とする商品化に向けてStep3の課題の説明がありました。

マーカー実用性検証、その低コスト化と簡易化の実現、キット化、商品化が目標ですが、富裕層向けではなく広く使われるための低コスト化に向けて研究されています。

マーカーとなるTCRをもとにした疾患をデータベース化し、ゲノムデータとリンクさせることで、個人の健康管理モニタリングが可能となります。

これを応用して、TCRのレパートリーとして残った病気の既往歴をビッグデータ化することにより、問診がなくても病歴や寿命を把握できるサービスが実現し、スマートフォンで自宅にいながら健康チェックや感染症(常在菌含む)自己免疫疾患がんの発症評価が可能になりそうです。

6.Withコロナ時代の免疫関連事業戦略

東北大学加齢医学研究所は、20年4月にSARS-Cov-2(新型コロナウイルス)感染症の治療法、診断法の開発支援のプレス発表を行いました。免疫受容体解析ツールの無償利用、遺伝子構造解析の支援を開始し、共同研究により検査キットの開発や新規治療法開発(人工抗体、TCR-NK治療法)を進めています。

SARS-Cov-2は変異し、複数の変異型が確認されているため、それに対応した診断キットや診断法、治療法、ワクチン開発が必要になります。

そこで、健康モニタリング事業の保有技術である免疫受容体遺伝子構造解析ソフトウエア免疫解析アプリケーション-Web版を用いると、免疫パスポート発行事業が可能となります。

小笠原教授は、20年5月までに登録されている世界中のSARS-Cov-2ウイルスゲノムを解析した結果、ウイルスの変異によって自然免疫活性化が起きていることが分かり、間もなく論文が公開されるとのことです。

免疫力とは、生体防御力という表現がわかりやすく、物理的防御(皮膚、粘膜で外来異物の侵入阻止)、自然免疫(食作用、殺菌、サイトカイン産生)、獲得免疫(抗体産生、キラーT細胞)の順に働きます。自然免疫の指標として、NK細胞の重要性が説明されました。

現代社会では運動不足や睡眠不足、不眠、不摂生、強いストレスにより免疫力の低下、すなわちNK細胞活性の低下が示唆されています。血流を良くする軽い運動のように、NK細胞活性を低下させないプログラムは事業化につながるシーズになります。

今後は、事業化に必要な研究開発を行い産学連携で売れるものにするために、共同研究開発(アイデア)と資金調達(開発費)を連携させたいと参加企業へ協調、協働を訴え小笠原教授の講義は終了しました。

(以上で講義終了)

グループトークによる質疑(質疑のみ記載)

Q1.健康チェックサービスは疾患の判明だけでなく治療アドバイスも可能であるか?
Q2.TCR解析が低コストで行える場合、1回あたりのメニューはどうなるか?
Q3.NK細胞を増やす方法はあるか?
Q4.TCR解析を受ける人の健康状態や年齢は、解析結果に反映されるのか?
Q5.NK細胞から獲得免疫を非接触で調べることは可能になるか?
Q6.SARS-Cov-2のPCR検査よりも血液・生化学検査とゲノム検査のセットがよいか?
Q7.免疫受容体解析が事業化されると、人間ドックより有用であるか?
Q8.TCR解析によって、将来的にかかりやすい病気などはわかるのか?
Q9.先天的な受容体の欠損で将来リスクが示されることはレアケースか?
Q10.小笠原教授が一緒に共同研究したい業界はあるか?
Q11.簡易解析からフルスペック解析までの理想的な間隔はどれくらいか?
Q12.ビッグデータ化の寿命評価とはどのような評価であるか?
Q13.現時点で健康モニタリング事業の共同研究に参画している企業はあるか?
Q14.コロナ禍で免疫力をあげるにはどうしたら良いか?
Q15.SARS-Cov-2のワクチンはどの位で完成すると考えられるか?

総括

村田特任教授よりポイント5点が示されました。

  1. 健康モニタリングの新しい切り口として、免疫受容体解析の紹介がありました。病気は遺伝要因と環境要因で決まります。遺伝要因はゲノム情報のため、一生変わることはありません。将来どうなるかを測るには、環境要因をTCR/BCR解析で評価することが強力な手法と言えます。
  2. TCR解析によっていろいろな疾患に対するTCRバリエーションの割合の変化が分かります。これがわかると、画像診断で判明できないごく初期の癌や、感染症のウイルス抗体の種類まで知ることができます。
  3. TCR/BCR解析をきちんと行うには、1018ものレパートリーを高精度で高速に解析する技術が不可欠であり、小笠原教授は既に開発済です。
  4. SARS-Cov-2関連では免疫パスポート事業への応用が早い段階で実現性が高いこと、NK細胞活性モニターへの応用も可能です。
  5. 事業化までの課題が明示されたので、興味のある方は事務局に相談してください。

以上

 

 

 

(文責:SAC東京事務局)

 

あわせて読みたい関連記事

サブコンテンツ

このページの先頭へ