SAC東京6期コースⅡ第5回月例会 事務局レポート
どうすれば高齢者の睡眠障害を解決できるか?
コースⅡ第5回月例会は大学院医学研究科 保健学専攻 老年・在宅看護学分野の尾﨑章子教授による「どうすれば高齢者の睡眠障害を解決できるか」が講義テーマです。
尾﨑教授が睡眠の研究に関心を持ったきっかけは、在宅で人工呼吸器をつけた患者をケアする家族の悩みが、精神的な問題よりも昼夜を問わないケアにより十分に眠れない状態であることが分かったためです。そこから研究を重ね、現在はデバイスを使用した睡眠阻害の研究や、地域における睡眠のエビデンス普及、在宅で睡眠薬を使用している方の有害事象への取組みを行っています。
現代社会と睡眠
睡眠は高齢者に関わらず、以下のようなあらゆる場面で問題になっています。
- 入院患者や施設入所高齢者の不眠
- 乳幼児・学童・生徒の生活の夜型化
- 勤労者の睡眠不足や睡眠呼吸障害、不眠とメンタルヘルス
- 交代勤務者の不眠と覚醒中の過度の眠気(交代勤務障害)
- 妊娠期・授乳期・更年期の睡眠障害
日本の一般成人の21.4%が不眠を自覚し、不眠や睡眠不足は生活習慣病の悪化を引き起こしています。また、不眠は精神的健康にも悪影響を与えること、睡眠障害による産業事故や交通事故などの重大な事故を引き起こす原因にもなるといった説明がありました。
不眠症状
不眠症状は大きく3つに分かれます。
- 寝つきが悪い(入眠困難)
- 夜中、途中で起きてしまう(中途覚醒)
- 朝、目覚めが早すぎる(早期覚醒)
年齢別でみると入眠困難に関する年代間の差はありませんが、中途覚醒や早期覚醒は若い年代と比べて高齢者の頻度が高いことが分かっています。
「不眠症」は夜だけでなく昼の活動に支障がある
睡眠障害国際分類第3版では、以下の3つの状態が揃ったときに不眠症と診断されます。
- 入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒のいずれかがある
- 夜間の睡眠困難によって日中の問題が起きている:疲労、注意・集中力低下、社会生活上の支障など
- 週3回、3か月以上続く
不眠に対するアプローチ:非薬物療法
不眠に対するアプローチは、非薬物療法と薬物療法に分けられ非薬物療法には睡眠衛生教育と認知行動療法があります。
睡眠衛生とは
環境や生活習慣など、睡眠に影響する生活全般の事項の総称を睡眠衛生と呼び、以下の3つが含まれます。
- 生活習慣(運動習慣、食習慣、嗜好品など)
- 睡眠習慣(就床・起床時刻、時間帯、睡眠時間、仮眠など)
- 寝室環境
健康づくりのための睡眠指針2014~睡眠12箇条~
厚生労働省は睡眠衛生の正しい知識として、「健康づくりのための睡眠指針2014~睡眠12箇条~」を2014年3月に改訂しました。また、これを保健指導や教育用として使いやすくした保健指導ハンドブックは尾﨑教授が作成に携わっています。
不眠に対する認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia:CBT-Ⅰ)
CBT-Ⅰとは、不眠を慢性化させている考えや生活習慣を明らかにし、修正することによって安定した睡眠が得られるような生活習慣を身につける方法です。
健康づくりのための睡眠指針2014~睡眠12箇条~
パーソナリティや年齢などの準備因子に、人間関係やストレスなどの誘発因子が加わると不眠症が発症します。通常、誘発因子が解消されると不眠は解消されますが、それでも不眠症状が残ることから研究を重ねた結果、維持因子が加わることによって不眠が慢性化することがわかりました。
維持因子は、不眠を慢性化させている考えや行動をいいます。例えば、十分な睡眠がとれないと健康に悪影響を及ぼすと考えたり、自身の睡眠を実際よりも悪く評価したり、眠ろうと努力をしているのに逆効果となっていることなどが挙げられます。
眠れないときに考え事をすると不安や焦りが生じ、更に考え事をしてしまうと脳がますます覚醒してしまうように、認知の悪循環が強化されてしまいます。
不眠の認知行動療法(CBT-Ⅰ)の構成要素
不眠のCBT-Ⅰの構成要素として、以下の5つが挙げられます。
刺激制御法は、「寝床は眠る場所」という適切な状態に修正することです。眠くないときに寝床に入らない、寝床で考え事や悩み事えをしないという方法です。
睡眠時間制限法は年齢にあった睡眠時間を大きく超えない習慣を送る方法です。日中に過剰な眠気がなければ睡眠時間は足りているという考え方です。
地域保健における集団CBT-Ⅰを取り入れた睡眠の健康教育
尾﨑教授は、不眠症の消失、軽減と、日中の機能の回復、維持、向上の2つを目的とした高齢者向けのCBT-Ⅰを地域保健で実施しました。
ここで、昼間の眠気や作業能率の低下原因が夜間の睡眠にあること、夜間不眠の原因が昼間の行動や過ごし方にあることから、尾﨑教授は24時間の生活全体のアセスメントを行いました。
高齢者への不眠のアプローチ
地域保健における集団CBT-Ⅰを通し、高齢者に対する不眠へのアプローチのポイントとして、以下4点が挙げられました。
- 眠れない辛さは本人にしかわからない(共感)
- 夜間睡眠の確保をターゲットとしない
- 日中の機能が保持されていれば、夜間の不眠症状にこだわらなくてよい
- 睡眠の機能や役割を強調しすぎない
不眠に対するアプローチ:薬物療法
不眠症の薬物療法は、時代とともに以下の4つが商品化されてきました。
- 1960年代 ベンゾジアゼピン系睡眠薬
- 1980年代 非ベンゾジアゼピン系睡眠薬
- 2010年 メラトニン受容体作動薬
- 2014年 オレキシン受容体拮抗薬
睡眠薬の分類
睡眠は鎮静と覚醒のバランスにより保たれます。ここでは、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の催眠鎮静作用、オレキシン受容体拮抗薬の覚醒回路抑制作用の説明がありました。
●ベンゾジアゼピン系睡眠薬
ベンゾジアゼピン系睡眠薬は下記の恐れがあるため、原則として1剤の服用となる説明がありました。
- 副作用発現(眠気、ふらつき、転倒、前向性健忘)
- 依存、耐性形成の危険性(特に超短時間・短時間型の睡眠薬)
●オレキシン受容体拮抗薬
オレキシン受容体拮抗薬の特徴が紹介されました。
- オレキシン:覚醒と睡眠調節を司るホルモン
- 依存性、筋弛緩作用はないとされている
ただし、持ち越し効果との関係で転倒の可能性 - 高齢者では翌日までに作用が続くことがある
- 副作用:傾眠、悪夢
オレキシン受容体拮抗薬の副作用に関して介護が必要となった主な原因の4位(12.1%)は骨折・転倒であることが厚生労働省調査データで示されました。また、ベンゾジアゼピン受容体作動薬を睡眠鎮静薬及び抗不安薬として使用する場合の注意書きが紹介されました。
睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン
厚生労働省の「睡眠薬の適正使用及び減量・中止のための診療ガイドラインに関する研究班」の紹介がありました。
Shared Decision-Making Continuum
睡眠薬の使用及び中止に関する責任は、当事者か医療者のどちらかが持つのではなく、両者が対等なパートナーの意思決定として行うことが推奨されます。
在宅要介護高齢者における睡眠薬の関連が推察される有害事象
在宅では睡眠薬の服薬管理は患者本人や家族に委ねられています。病院と異なり有害事象の報告が少ないため、尾﨑教授らは実務経験5年以上の訪問看護師にインタビュー調査を行いました。
その結果、同居人がいても転倒の発見者は介護ヘルパーであったり、看護師が訪問した際に骨折が発見されたりなど、病院や施設と異なり早期に発見されないことなどが分かりました。
有害事象の関連要因
有害事象の関連要因として、認知機能の低下や自己管理状況の把握が困難になること、睡眠薬の見直しと介護負担の軽減の調整が困難であるといった問題が紹介されました。
在宅療養と家族の介護負担
在宅療養の家族の介護負担として以下の説明がありました。
- 身体的負担(睡眠不足、休息感のなさ、腰痛)
- 介護技術上の負担(介護方法が分からない、医療機器の取り扱いが難しい)
- 人間関係上の負担(身内が介護を理解しない、介護しても患者から感謝されない)
- 社会的活動の制約(思うように外出できない、趣味や学習の時間を持てない)
- 見通しの不透明さの負担(介護がいつまで続くか見通しが持てない)
- 経済的負担(介護費用、通院・治療費用、生活費用)
高齢化が睡眠医療に与える影響:今後の課題
最後に、今後の課題として以下4点の説明があり講義は終了しました。
- 高齢人口の増加に伴い、不眠や認知症を有する高齢者は増加
- 要介護高齢者は急増「2025年問題」
- 生活の場が自宅から施設に拡大
- 多死社会に突入「2040年問題」
(以上で講義終了)
グループトークによる質疑(質疑のみ記載)
Q1.GABAのような機能性食品の睡眠効能をどう考えるか?
Q2.薬物療法の方が認知行動療法より推進されているのか?
Q3.睡眠デバイスやアプリの中で有効であると思われるものはあるか?
Q4.高齢者への不眠のアプローチとして日中行って良かった事例はあるか?
Q5.うつ病の人に対する睡眠障害の対応方法はあるか?
Q6.不眠症改善の自覚は、その後本当に不眠症が治った状態であるのか?
Q7.高齢の方の頑なさがほぐれたタイミングはどんな時か?
Q8.日中断続的に寝起きを繰り替えし夜眠れない場合、不眠症にあたるのか?
Q9.睡眠時間の過不足は日中の過剰な眠気のみで判断できるのか?
Q10.睡眠衛生指導で治療が終わる人の割合はどのくらいか?
Q11.在宅介護で睡眠薬を服用している割合はどのくらいか?
Q12.認知機能が落ちていても非薬物療法の中で有効的な方法はあるか?
総括
村田特任教授よりポイント3点が示されました。
- 不眠の症状と不眠症の違いが分かりました。不眠症は不眠の症状と異なり、昼の活動に支障があり、それを苦痛に感じるということです。不眠の方ほど、自分は不眠症だと思い込みやすいという性質も分かりました。
- 不眠症へのアプローチは従来薬で行われていましたが、近年は日本でも認知行動療法(CBT-Ⅰ)をもっと行うべきだという方向に向かっています。厚生労働省も睡眠薬の使用は最小限とし、薬物以外の方法で改善しようとする方向に向かっていることが確認できました。
- 認知行動療法のメリットは薬を使わないことと、不眠の学習性を改善できる可能性が大きいということです。これは、睡眠薬を全く使わないわけではなく、必要のないものは使わないという考え方です。デメリットとしては、指導できる人材の層がまだ薄いということです。
今後、CBT-Ⅰの考え方を軸に不眠解消商品サービスを付帯した販売にビジネスチャンスがありそうです。
以上
(文責:SAC東京事務局)
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