SAC東京6期コースⅡ第4回月例会 事務局レポート
宇宙空間と線虫で読み解く高齢者の身体機能
コースⅡ第4回月例会は、生命科学研究科 総長特別補佐 東谷篤志 教授による「宇宙空間と線虫で読み解く高齢者の身体機能」が講義テーマです。
東谷先生は平成27年から31年(令和1年)までの間、文部科学省の新学術領域研究において宇宙航空研究開発機構(JAXA)と「宇宙に生きる」をテーマとした研究を行いました。そこでの研究成果の紹介と、線虫を用いた宇宙実験、地上実験が加齢に伴う身体機能にどのように関係するのかというテーマで講義が始まりました。
新学術領域研究「宇宙に生きる」
宇宙飛行士は国際宇宙ステーションに6ヶ月間の滞在が可能ですが、無重力による骨格筋の萎縮や閉鎖環境による体内リズムの不調など、極限環境下でのストレスは計り知れません。
宇宙で遭遇する生物学的リスクやストレスを解明し、それらの回避・軽減を目指す研究から、現代の超高齢社会・ストレス社会の克服にまでつなげたいとする「宇宙に生きる」の研究テーマが説明されました。
高齢者はめまいを起こしやすくなる
宇宙の極限環境と高齢者に共通する例としてめまいが紹介されました。高齢者は内耳や前庭神経、前庭神経核などの神経系の老化により平衡感覚の情報がうまく処理できなくなり、めまいを起こしやすくなります。
一方、帰還後の宇宙飛行士の起立耐性低下を研究した結果、主に次の3点が原因であることが判明しました。
1.宇宙での長期滞在で「体液シフト」による血漿・血液量の減少
2.運動不足による心筋萎縮、下肢の筋萎縮による筋ポンプ作用の減弱
3.前庭-動脈血圧反射が低下
前庭の障害がどのように血圧に影響を及ぼすのか、フライト前、帰還後の6名の男性宇宙飛行士による実験の結果が紹介されました。帰還後は、寝た状態から体を起こしても血圧の変化が少なく、2週間が経過しても脳の貧血状態が確認されました。
次に、本当に前庭系障害が起立性低血圧を呈するのか、一過的な電気前庭刺激による実験が行われました。前庭系に強い電気前庭刺激を与えた結果、めまいを生じる前庭系障害を起こした状態が確認されました。
ここで、逆転の発想による2つの研究結果が紹介されました。一つ目は、非常に弱い電気前庭刺激を与えることにより、両側性前庭障害患者の平衡機能や歩行が改善された事例です。二つ目は、低周波騒音(LFN 100Hz以下)によって低周波音域の微弱音の暴露が聴力レベルには影響せず、平衡感覚が優位に改善されることもわかりました。
宇宙の無重力と骨・筋
加齢による一般的な筋力低下は60歳以降で年間2.0%と言われていますが、宇宙飛行士が宇宙で6ヶ月間滞在した場合、平均で10~20%の筋力低下がわかっています。ここで、筋肉や骨の機能がどうして低下するのか、35日間宇宙に滞在させたマウスで実験が行われました。
実験の結果、マウスが高い所から落ちた時の姿勢回復や、ヒラメ筋重量、腓腹筋重量の低下が顕著に見られました。更に大腿骨の骨粗鬆症が進行していることも分かりました。
次に、骨の分解のメカニズムを調べるために56日間メダカを無重力環境で飼育したところ、破骨細胞体積の増加がみられました。10日間無重力環境にいたラットの骨格筋においては、1個1個の培養した筋管細胞レベルでも筋委縮が生じていました。
これらの実験から、骨や筋肉が痩せる場合、それ自身が持っている個体の重さを支える力と、個々の小さな細胞でも重力を感じ、それらが無くなることで細胞にネガティブな影響を与えることが分かってきたのです。
線虫モデルからみえてきたもの
ミトコンドリアは、細胞内のエネルギー生産において中心的な役割を担う細胞小器官で、筋肉の活動や発達、維持においても不可欠である一方、加齢や疾患に伴い、その機能が低下すると筋肉の急速な萎縮が進行することが知られています。
骨格筋は、運動によって大きくなり、無重力(廃用性)や熱中症、ミトコンドリア障害や加齢により萎縮します。これらがどのような分子メカニズムであるか、線虫を用いた実験が紹介されました。
線虫は体長約1㎜で平均寿命は16日、細胞は約1,000個から形成されます。全遺伝子数は約19,000個からなり、そのうちの約4割がヒトと相同性があるため、ヒトのモデル生物としての研究が可能となります。
宇宙フライトした線虫(子供から成虫まで無重力下で成長)は、筋タンパク質、細胞骨格タンパク質、ミトコンドリア酵素群の全てにおいて遺伝子のレベルでも発現の低下が見られました。更に、無重力で生息した線虫は運動性が低下することも分かりました。
次に、線虫がどこでどのように重力を感知して神経から筋に成長因子シグナルが変化するのか、神経伝達物質ドーパミンが無重力での飼育で低下することが紹介されました。
また、線虫を用いた研究例として熱中症状態のときに起こる横紋筋融解の促進について説明がありました。至適飼育温度16~25℃の線虫を3時間35℃の環境下に置くと、その後、適温に戻しても4日以内に80%の個体が致死となりました。
この時の筋肉の収縮、弛緩に重要な細胞質のカルシウムに着目すると、線虫の熱中症条件では筋細胞質のカルシウムが過剰流入を起こしています。その結果、筋細胞ミトコンドリアが大きく形態変化を起こして筋が分解されることが分かりました。
次に、機能障害を熱ではなくミトコンドリア障害から、筋委縮、崩壊に至る過程の説明がありました。
遺伝子伝達系の機能低下や、筋ジストロフィーの症状のように ミトコンドリアの働きが低下した際に、筋細胞内のカルシウム濃度が上昇し、その結果、筋細胞の外側で細胞間の接着や維持に重要な筋細胞外マトリックスECMコラーゲン成分が分解され、最終的に筋の崩壊に至る経路を突き止めました。
今後、加齢や様々な疾患に伴う筋萎縮の予防や治療につながる可能性が示唆されます。
加齢に伴うサルコペニアと不活動性(廃用性)筋委縮
加齢によって筋の委縮、筋横断面積の低下などが起こり加齢と不活動が合わさることで筋委縮はさらに亢進します。一方、線虫の場合生まれてから大人になるまで細胞の数は約1,000個と全く変わらず、成虫一日目から加齢が始まります。加齢によってミトコンドリアの断片化が起こり、熱中症が重症化した状態と同じ状態であるということが分かりました。
現在、このミトコンドリアの断片化を抑制する各種変異体を解析中であり、加齢に伴う筋細胞ミトコンドリアの劣化を防ぐことにつながるかもしれないという内容で講義は終了しました。
(以上で講義終了)
グループトークによる質疑(質疑のみ記載)
Q1.VRを活用してドーパミンを促し、機能低下を防ぐことは可能か?
Q2.筋委縮や呼吸疾患のような患者様は、場合によっては無重力状態のほうがいいのか?
Q3.普段の生活の中でミトコンドリアの断片化を防ぐ方法はあるか?
Q4.メカニズムが似ている加齢と熱中症に関し、普段の生活の中での対処方法はあるか?
Q5.宇宙環境における様々なリスクの中で無重力であることが一番のリスク要因か?
Q6.ヒトとのモデル生物として線虫を選んだ理由は何か?
Q7.無重力でのデメリットを加圧によって影響を和らげる方法はあるか?
Q8.何度も熱中症にかかると理論上早く老けることにつながるのか?
Q9.ドーパミンが下がり人間らしさが損なわれるなら宇宙への関心が損なわれるのでは?
Q10. 重力が2倍、3倍の環境で骨や筋肉の強化を目的とした実験を行ったことはあるか?
Q11. 筋委縮症等の患者様を無重力空間でケアし、人との交流を図ることは可能か?
総括
村田特任教授よりポイント4点が示されました。
- 寝たきりの状態は疑似無重力ということから、高齢社会と宇宙の関係がつながりました。また、細胞レベルで重力を感知しているという新しい発見がありました。
- 熱中症の重症化段階では筋細胞の崩壊が起こることに驚きました。細胞レベルのメカニズムで読み解くと、カルシウムの過剰流入によりミトコンドリアが断片化するという興味深い内容でした。
- 加齢に伴うサルコペニアと不活動性筋委縮加齢は、ミトコンドリアの断片化によって筋委縮が起き、加齢とは熱中症に近いものであるという斬新な内容でした。
- 線虫というモデル生物の優位性が詳しく説明されました。
以上
(文責:SAC東京事務局)
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