SAC東京コースⅡ第5回月例会 事務局レポート

8月25日開催 SAC東京コースⅡ第5回月例会 事務局レポート


blog160825sac2-5-1b東北大学加齢医学研究所老年医学分野、東北大学病院老年科医師、荒井啓行教授
による「認知症克服に向けた脳科学研究―現状と今後―」の講義は、教授の認知症に対する思いから始まりました。

「臨床での問題は多いですが、なぜ認知症があるのか?の紹介をして、克服できるのか?の思いを含めながら最終的に予防できることを願っています」と。

 

老化制御のモデル

グラフを使っての「加齢の道程の説明」では、我々の手でいかなる介入ができるか?を臨床医らしい口調で話してくださいました。壊れた神経細胞を壊れる前の状態に戻すことは無理です。「逆向きはできない」と語る教授は、たくさんの患者の悲しみや苦しみを見てきたのです。

生活機能障害

人生のピークの後に「落ちてゆくスピードを変えることは可能であろう」とオリンピック選手を例にした説明はとてもわかりやすかったです。若い時にこのピークを高くしておけば、年老いて落ちていったとしても生活機能障害は先延ばしできるのです。

握力の加齢変化

落ちていくことは病気なのでしょうか?いいえ、それは「加齢に伴う変化」です。握力や脚力の低下によって転倒し、骨折へと進むことがあります。これがリスクを上げる加齢に伴う変化です。生老病死の「老いる」とは、病を得るリスクを上げ、死のリスクも上げるのです。

高齢者の抱える医療・健康問題の顕在化

・がん、認知症など加齢(長生き)を背景にした疾患の増加
・多病と多くの薬物の常用(薬物有害事象の増大)
・疾患の慢性化と生活機能低下/在宅医療・介護需要の増大
を地域で支える支援体制の構築が超高齢社会の医療体制の中で課題ですと、長寿国日本として「長生きの質」を病気の慢性化の視点で捉えていきます。

百寿者

百歳を超えて生きる百寿者に対する慶応大学老年内科による調査研究では、がんや糖尿病が少ないことがわかりました。たしかに、がんに罹患した人は100歳までの間に病死し、糖尿病患者はトラブルを抱え、長寿者にはなれないのでしょう。認知症の有病率は高いのにアルツハイマー病が百寿者に少ないということも、がんや糖尿病のように考えると理解できました。

活力ある高齢期の実現

実際の老いの過程の落ち具合を止められているのか?を10年毎に同じ指標で調べたところ、20年前に比べると生活機能はアップしていることがわかりました。この間に実施してきた〇〇教室や、☓△運動などの効果が現れたことが考えられます。ラジオ体操はできますか?の問いに、参加者1名以外は「できます」でした。こういった積み重ねが国策としてなされていることも気づかされました。

2025年までに根本治療薬を市場化する

3年前のG8認知症サミット(2013年、英国)において、世界4,400万人を超える認知症患者と、それにかかるコスト増が共有認識され、疾患修飾薬への期待が高まりました。2025年まで後9年です。治験は進んでいるのでしょうか?根本治療薬開発成功のニュースは残念ながらまだ届いてきません。

認知症有病率調査(2009~2010年)

認知症有病率の全国実態調査では、65歳以上の高齢者が多い地域での調査で、全国推定患者数は500万人とされ、更に300~400万人の予備軍がいることがわかりました。予想よりもかなりの有病率の高さ、増加スピードの速さを目の当たりにして、対策が急務であることがわかりました。

認知症は司令塔の機能喪失

教授はあらためて認知症を「飛行機と司令塔」に例えてひも解きました。人は指を一本失っても、生活を維持することはできるでしょう。しかし、司令塔が壊れてしまうと飛行機が飛べなくなるように、認知症は生活全般をダメにしてしまいます。ましてや、内臓疾患のように入院による治療は期待できません。なぜ司令塔が機能を喪失するのかを研究している教授なのです。

認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)

blog160825sac2-5-2新オレンジプランの基本的考え方は「認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指す」です。
➖七つの柱➖
1. 認知症への理解を深めるための普及・推進
2. 認知症の容態に応じた適時・適切な医療・介護等の提供
3. 若年性認知症施策の強化
4. 認知症の人の介護者への支援
5. 認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくりの推進
6. 認知症の予防法、診断法、治療法、リハビリテーションモデル、介護モデル等の研究開発
及びその成果の普及の推進
7. 認知症の人やその家族の視点の重視

最近では、実際に認知症の人が「自分たちを抜きに決めないでください」と声をあげています。時代は確実に変わってきています。

Dr.Alzheimer

1906年、最初にアルツハイマー病と診断された患者の病理所見を発表したドイツの精神科医です。110年前は、ほとんどが血管性認知症だった頃です。手足の麻痺もなく生活はできる身体なのに、健忘等の症状が強く、「これは何だ?」と言われていたそうです。神経細胞をスケッチし、「なぜニューロンが死滅するのか?」と研究を進めたのです。

研究と開発

神経細胞の脱落がアルツハイマー病の脳で認められ、アセチルコリンが不足して認知機能障害が起きることがわかり、コリンエステラーゼ阻害薬(塩酸ドネぺジル、商品名:アリセプト)の開発へと進みました。塩酸ドネペジルの開発と効果。データでの比較。たくさんの治験の失敗から「もっと早い時期から対応できないだろうか」と、発症してからの対応ではない予防、撲滅を目指す研究者らしく、教授の声のトーンが上がっていきます。

「ツール作り、治療薬づくり、やることがたくさんあるよね」「不可能とは思わない」と、アミロイドを拳銃の引き金に、タウを実弾に例えてアセチルコリンの説明をしてくれます。
医師らしく、胃潰瘍のことなら理解できるであろうと胃潰瘍治療に例えての説明もしてくれました。たしかに、胃酸PHの調整で胃潰瘍は治ります。ノーアミロイド、ノータウであればノーアルツハイマー病が期待できます。ただし、安全性と有効性レベルで治験がうまくいかないそうです。ここまで解っているのに残念です。

なぜ認知症の薬はできてこないのか

診断・治療のツールとして脳に生じる変化を捉える精度の高いバイオマーカーがないそうです。もっと早い段階で見つけること。思い切ったバイオマーカーの作成が必要なこと。これらが治験の成功に繋がりそうです。これまではDementia(認知症)レベルまで進行した段階をアルツハイマー病と称していました。その段階になってからしかわからなかったからです。そうではなく、MCI(軽度認知障害)、Preclinical(無症状初期)の段階で対策を打ちたいのですが、新薬治験は激減している現状です。

方向性の変更に期待

「計測ツールを作ろう」と、研究の方向性を変更しました。アミロイドが増えることと、認知機能は関係なく、アミロイドは量ではなく質の問題であることが解ったのです。2016年、MCIは測れるようになりました。2018年、市場化の目安です。初期から叩くための治験はこうして前進しています。「日本のタウの研究は進んでいます。近い将来、主役であるタウの治療薬が出てくるでしょう」の教授の言葉に胸がトキメキました。

65歳以上、5人に1人が認知症と言われる中、「自分が認知症になっても仕方ないか…」と考えることがあります。治験が進み、治療薬・予防方法が確率されればあきらめなくてよいのです。すごくHappyなことです。では、今、我々は何をしたらよいのでしょうか。

なぜ運動がよいのか

運動習慣と7年後の認知症発病の関連が研究で明らかになりました。運動は高血圧や肥満等の生活習慣病の予防効果だけでなく、神経成長因子の分泌によって海馬の再生や島皮質(側頭葉外側の皮質:嚥下をつかさどる)の容積増大(Baker,AAIC2016)にも効果があるからです。極めて運動不足の私には耳の痛い話でしたが、認知症の予防効果が加わったことで「少し運動するか」と心が動きました。

2025年までにアルツハイマー病を根絶しようと研究者が声をあげています。我々もこの現実を理解して研究者と連携していかなければなりません。来月には東北大学で日本認知症予防学会学術集会が開催されます。「伝えたいから是非来てください」と我々を仲間扱いしてくださる教授の笑顔で講義は終了しました。

【アイスブレイクタイムと質疑応答】
blog160825sac2-5-3b村田特任教授のもとで用語や意味の確認と講義内容の整理の時間です。
・アミロイドベータ蛋白とは
・タウ蛋白とは
・アミロイドとタウの関係、相互の位置づけは
・MMSEとは
・CDRとは
・アメリカでの認知症はアルツハイマー病中心ではないか
・アルツハイマー病根治
・もの忘れ外来
・教育への取り入れ方
・日本の役割
などを整理しながら講義内容の理解を深めていきます。

個別質疑

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Q1.100歳を超えて生きる人でアルツハイマー病が少ないのはなぜ?
Q2.アミロイドの蓄積量とアルツハイマー病の発症の関係性は?
Q3.アセチルコリン仮説における、アリセプトの作用機序や効果について?
Q4.アリセプトの飲み過ぎで、できることが少なくなる事例について?
Q5.アミロイド受容免疫抗体の有効性は?

【パネルトークタイムと会場からの質疑応答】

参加者代表の3名と教授によるパネルトークです。自己紹介・企業紹介の後、小川事務局長のもとで教授への質問と回答が繰り広げられました。

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パネリストからの質疑

Q1.認知症ケアで進行を進めるような気をつけることは?
Q2.発症前の対応について?
Q3.アリセプトを早めに飲み始めたら?
Q4.早めに対応すれば予防できる時代は来ますか?
Q5.アルツハイマー病ともの忘れの関係は?
Q6.自分が認知症と気づくきっかけは?

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ここで進行役の小川事務局長からの質問です。
Q7.介護の世界では中核症状は直せないと言われてきました。よって、行動障害に対応するケアを工夫してきました。根本的な治療へ期待して良いのでしょうか?

この質問に教授は講義内容を振り返りながらわかりやすく説明してくれました。

A7.アミロイドが拳銃の引き金で、タウが実弾です。この関係は「見える化」できてきました。よって、この2つから神経細胞を保護(死なないように)することはできると思っています。かなり早い段階(症状が全く無い状態)でしか効果がありません。死滅してからでは戻らないからです。パーキンソン病などの神経の病気も同じです。現在、症状が出る前の対応に対して研究は進んでいます。認知症は治らないと言われてきましたが、神経細胞が減る前(死滅する前)なら何とかできると信じています

「信じています」という教授の言葉に目頭が熱くなりました。2025年までたったの9年。新オレンジプランのもとで必死に研究は進んでいるのですね。天然痘でも結核でも、あきらめていた時代がありました。天然痘は撲滅され、結核は治る病気になりました。認知症の根治を信じて進んでいけそうな気持ちになってきたのは、私だけではなかったことでしょう。

会場も加わっての質疑

blog160825sac2-5-10Q8.MCIスクリーニング検査のタイミングは?
Q9.MCIスクリーニング検査や予防の薬の保険は使えそうですか?
Q10.バイオマーカーの評価軸は?
Q11.運動によるスタディは?
Q12.MCIの段階なら治療効果はあるの?進行は止められるの?
Q13.何が理由で運動による予防効果がわかるの?
Q14.認知症原因のアミロイド、タウができやすい原因は?
Q15.遺伝子の影響は?

研究実施に対するアドバイスを教授に求めると
・研究には費用がかかる
・アウトプットが必要
・研究内容は「英語で発表」しないと意味がなく、日本人は不利
・被験者の対応が難しく、実際に老人ホームの老人を2つに分けて研究できるのか
・薬の効果も評価は難しい
・プランをきちんと立てなければいけません
との、説明に参加者たちが大きくうなずいていました。「相談していきましょう」という教授の慎重な回答には、認知症になってしまった方の尊厳を守ることへの戒めさえも感じました。

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パネリストのSさんが「認知症の方の社会的環境を整えることに努力します」の抱負を語ると、「日本の素晴らしいところですね、世界中にばらまいてください」と教授からエールを頂き嬉しかったです。医学としての認知症克服と同じように、介護の役割を大切に考えてくださっているように感じたからです。とても身近で、とても難しい内容でしたが、たくさん考えた参加者が皆、認知症のプロになった気がしました。

(文責)SAC東京事務局

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