SAC東京6期コースⅢ第11回月例会 事務局レポート

飲込み型センサ用プラットフォームの開発と安全・安価な「飲む体温計」

コースⅢ第11回月例会は、大学院工学研究科 吉田伸哉特任准教授による『飲込み型センサ用プラットフォームの開発と安全・安価な「飲む体温計」』が講義テーマです。

吉田先生は、微細加工学、微小電気機械システム(MEMS)、ナノ・マイクロ工学を専門とし、研究開発から市場調査、顧客開発、新規事業企画までをご自身で行います。現在は、機能性材料を用いたMEMSの研究や飲込み型センサの開発と事業化活動に従事しており、本日の講義ではその詳細が紹介されました。

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様々な生体情報をモニタリングして人々を健康にするためのウェアラブルデバイスは、体に装着するものから進化して、目に入れるコンタクトタイプや体内埋め込み型、更には飲み込み型へと進化しています。

海外の事例として、ヤギの健康管理に用いられる飲み込み型デバイスや、腸内環境の水素ガスやCO2濃度などを測定する摂取型ガスセンサが紹介されました。

飲込み型デバイスの性能は、基本的には電源が制約条件になります。ここで、電源の3つの比較説明がありました。

  • 電池内蔵型:基本的に使用されているが、課題は保存寿命、安全性、廃棄
  • 胃酸発電型:課題は腸内起電力が乏しい
  • 体外給電型:課題は体の外から給電するため大がかりになり、被ばくの危険性がある

通常の内視鏡であれば10分程度で終わる検査が、飲み込み型のカプセル内視鏡では30分以上かかる為、時間的な拘束が長いという課題があります。また、通常の内視鏡検査で可能な組織採取や病変切除もカプセル内視鏡ではできません。すなわち、X線撮影と同様に読影までとなります。これらの課題を踏まえた飲み込み型医療デバイスのデザインが必要となります。

飲み込み型センサ用システムと「飲む体温計」

極小の基盤に、様々なセンサや電源を搭載したシステム設計と技術が紹介されました。電源となる胃酸電池や無線充電温度センサやガスセンサキャパシタや全固体電池のような蓄電素子などをプラットフォームICに搭載することで活用の範囲を広げました。

研究の結果、摂取型センサ用ハードウェアプラットフォームは、大容量となる画像や音データのセンシングや通信はできません。然しながら、温度やガス、圧力といった小データ量の値を取ることが最適であることが分かり、胃酸電池+キャパシタ+温度計の技術を組み合わせた、安全・安価な「飲む体温計」を開発しました。

従来技術とその問題点

体温は最も基本的な生体情報の一つですが、体表体温計や赤外線式耳体温計などは、外部環境や気温、センサ部と皮膚との接触の仕方など、外乱に弱く誤差やアーチファクトが問題となりやすい点で「真の体温」をきちんと測れていないようです。

深部体温の比較的低侵襲な測定法は直腸温を測ることですが、不快感や羞恥心を伴い日常的に行うことは難しいと言えます。

 欧米各社のカプセル型飲み込み体温計は、既に宇宙飛行士やアスリート、軍事などに使用されています。腋下体温計や鼓膜温計と異なり、体内温度のデータ精度や連続測定に優れていますが、一方でボタン電池の摂取や閉塞リスクが懸念されます。

安全・安価・高精度な「飲む体温計」

吉田先生が開発した、電池を必要としない「飲む体温計」が紹介されました。電池を内蔵していないため小さく、胃酸発電でエネルギーを蓄えた後、腸内で測温してデータを送信します。欧米各社と比較したときの強みは、胃で充電して腸で動作する点と、量産後は競合社の約1/4の価格が見込まれる点です。

最終的な目標は、手軽に簡単に深部体温とそのリズムを直接測定し、(遠隔)診断・治療最適化・経過観察のツールになることです。一家に一つの時代が来るかもしれません。

システム概要と設計思想

飲込みセンサ用プラットフォームICは、電源や通信、制御や超低消費電力タイマーなどの様々な機能を備え付け、そこに汎用インターフェースを介することにより、拡張性とコストを考慮したシステム設計が可能となりました。

現在は、温度センサICを備え付けていますが、今後は㏗や圧力センサなどの高付加価値情報の提供も可能になるようです。

「飲む体温計」のシステム概要の説明と、胃酸発電型デバイスの試作品完成までの実験が紹介されました。胃酸発電の実験からMLCC(Multi-Layer Ceramic Capacitor:積層セラミックコンデンサー)への蓄電とエネルギー保持、搬送周波数・符号化の変調方式の選定を経て、  人口胃液での実験と動物適用実験に成功しました。

競合品の「飲む体温計」は、アンテナとボタン電池を手で組んでいる点、ボタン電池のはんだリフロー工程に伴う高温加熱の取り付けができない点において、機械による一括大量生産ができません。一方、吉田先生の胃酸発電型デバイスは、一括大量生産が可能であるためコスト削減が狙えます。

応用と今後の展望

「飲む体温計」でできることは、深部体温とそのリズム(体内時計)を簡単かつ正確に把握できることです。今後想定される用途は、運動や知的能力パフォーマンスの最大化です。

例えば、マラソン選手や競歩選手による酷暑の影響の調査、熱中症による労働災害の防止、睡眠リズム障害の早期発見・治療支援、妊活時の基礎体温把握、感染症の早期検出や患者モニタリングなど、数多く挙げられました。

信頼性の高いデータに基づく遠隔医療・健康増進につなげることで、家にいながらさりげなく様々な症状や障害の前触れを予測し、学術的知見から助言ができる社会実装化に期待が持てます。

(以上で講義終了)

〔グループトークによる質疑〕(質疑のみ記載)

Q1.深部体温を常に測る場合「飲む体温計」より埋め込み型の方がよいのではないか?
Q2.使いやすい一般の体温計よりも「飲む体温計」を使うメリットは何か?
Q3.深部体温と体内時計を測ることで仕事のパフォーマンス精度は検証できるか?
Q4.デバイスを飲み込んだ時に想定される事故はあるか?
Q5.「飲む体温計」で深部体温を測る場合、短期間で測れるメリットは何か?
Q6.深部体温の継続計測のニーズが高いと考える理由は何か?
Q7.「飲む体温計」が測っている体の場所は特定できるのか?
Q8.「飲む体温計」は金属探知機やレントゲンに反応するのか?
Q9.予め充電したものではなく、胃酸充電を選んだ理由は何か?
Q10.深部体温と不眠、睡眠障害、鬱病等の相関にエビデンスがあるのか?
Q11.ダイビングや登山等の低体温症に向けた研究は行っているか?
Q12.「飲む体温計」を動物にどのように飲ませたのか?

〔総括〕

村田特任教授よりポイント3点が示されました。

        1. 「飲む体温計」の意義は、深部体温が計測できることです。これがわかると価値が上がる領域が潜在市場です。
        2. 潜在の市場の例は次の通りです。
          ⑴アスリート
          ①マラソン・競歩選手:酷暑対策=パフォーマンス向上
          ②MLB、スケート選手:移動による時差ぼけ対策
          ③パラリンピアン:発熱対策=酷暑対策
          ⑵工事業の方
          ①酷暑環境での労災予防
          ⑶一般の人・特に中高年
          ①概日リズムの乱れによる睡眠障害解消
          ⑷女性
          ①基礎体温計測=妊活
          ⑸感染症の早期検出・重症化の予兆チェック
        3. 商品化の鍵は次の2点です。
          ⑴医療機器としての条件クリア(安全性、再現性など)で、そのための量産化。
          ⑵人での臨床データ蓄積が不可欠で、まずハイエンドユーザーによる利用、その後一般の方の利用。

    以上

 

 

 

(文責:SAC東京事務局)

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