SAC東京6期コースⅡ第11回月例会 事務局レポート

認知症研究―これまでとこれから―

コースⅡ第11回月例会は、加齢医学研究所 脳科学研究部門 老年医学分野、東北大学病院 加齢・老年病科長 荒井啓行教授による「認知症研究―これまでとこれから―」が講義テーマです。

荒井先生は東北大学病院“もの忘れ外来”の臨床を担当し、実際の認知症患者の方と向き合いながら最先端の研究に取り組んでいます。講義では認知症研究、特にアルツハイマー病研究の最新動向の解説と、アミロイドβ蛋白やタウ蛋白の蓄積をPETで画像化する分子イメージング研究の興味深い話をしていただきました。

認知症患者の年齢階層別有病率

2009年〜2010年に行われた厚生労働省総合研究報告書をもとに、認知症患者の年齢階層別有病率のグラフが示されました。65歳では15%の有病率ですが、95歳を過ぎると男性は50%、女性では実に85%以上が認知症患者になるというデータです。人生100年時代を前に、認知症の有病率を少しでも下げたいという願いで研究してきた経緯とともに講義が進みました。

アルツハイマー病研究史

荒井先生が1980年に東北大学を卒業した当時から21世紀は超高齢社会を迎えるとされ、日本学術会議は国立老化・老年病センター(現国立長寿医療研究センター)の設立を勧告していました。

荒井医師として東北大学医学部付属脳疾患研究施設脳神経内科に勤務を始めた1984年頃、米国のGeorge GlennerらはHPLC(High Performance Liquid Chromatography:高速液体クロマトグラフィー)を用いてアルツハイマー病患者の脳の髄膜血管から抽出したアミロイドβ(Amyloid β;アミロイドβ)蛋白のN末端側24アミノ酸配列を決定し、その後、老人班からも同じ蛋白が同定されました。

一方、日本の井原康夫先生は、ハーバード大学において神経原線維変化の主要構成成分が微小管関連蛋白タウであることを明らかにしつつありました。これにより、アルツハイマー病にとって、アミロイドβ蛋白とタウ蛋白のどちらが脳の神経細胞に悪影響を与えているのかという議論が展開されたのです。

これらの研究発表に感化された荒井先生は、紆余曲折しながらも1988年に32歳で米国ペンシルベニア大学神経病理学部門に留学を決めました。そこでの生化学分析の研究は、帰国後、1995年にアルツハイマー病患者の脳脊髄液タウを測定し、バイオマーカー研究の先駆けとなりました。

アルツハイマー病患者の脳を研究する中で、アミロイドβ蛋白とタウ蛋白が顕微鏡で見えますが、「始まり」が明確には分かりません。その解明に世界中が取り組んできました。

研究が進むにつれ、死後の解剖においてアミロイドβ蛋白が先に沈着していることが分かりました。認知症発症の原因となる神経細胞死を引き起こす理由を、アミロイドβ蛋白が司令塔でタウ蛋白が実行犯と考えられるという分かり易い説明がありました。

アミロイド病変を可視化するアミロイドトレーサー

荒井先生は、腰椎穿刺(脳脊髄液を採取)により、脳脊髄液バイオマーカーの研究に取り組みました。2012年に脳脊髄液タウ、リン酸化タウの測定が保険収載となりましたが、サンプル採取が侵襲的であり、発生部位の情報に欠けるといった欠点がありました。

2000年に入ると、非侵襲的で部位情報を備えた画像バイオマーカーの開発に向けて、病理像を画像化する研究が進みました。荒井先生も東北大学のPET研究チームに参画し、BF-227の名称でアミロイドβの可視化画像を世界に発表しました。

J-ADNIアミロイドPETコア研究によれば、驚くことに65歳以上の正常な高齢者でも25%程度はアミロイドβが陽性であることが判明したとのことです。

タウ蛋白病変を可視化するトレーサーの開発競争

タウ蛋白を可視化するPETトレーサーの開発競争は大学、製薬会社ともに進んでおり、第1世代から第2世代に移行しています。タウ蛋白の沈着が側頭葉から頭頂葉に向かって広がっていく様子の説明がありました。

また、同一患者におけるアミロイド画像とタウ画像をセットで撮ることが可能となり、かなり早期から脳の状態を捉えることが可能となりました。

画像バイオマーカーから血液バイオマーカーへ

画像バイオマーカーは、サイクロトロン合成―PET撮像装置や放射線被爆の問題、検査費用が高額であるといった短所があります。そのため、日本のみならず、世界各国で脳病理を反映する血液バイオマーカーの開発が進んでいます。

アルツハイマー病克服への展望

神経細胞死の上流側にタウ蛋白があり、そのまた上流側にアミロイドβ蛋白があることを図で示した後、「Less amyloid, Stop Alzheimer」すなわち、アミロイドβ蛋白を削ってしまえばアルツハイマー病を止めることができると説明がありました。

アルツハイマー病克服の展望として疾患修飾薬、すなわち、神経細胞死の上流に介入する薬をどこで投与するかがポイントとなります。エーザイ・バイオジェン社のアミロイド抗体薬「アデュカヌマブ」は、2020年1月にアルツハイマー病治療薬として新薬承認申請を米国FDAに上げました。

2020年11月の中間解析では、FDA諮問委員会の反対多数により認可が下りなかった理由がスライドで示されました。その後の再解析では有意性があるとされ、FDAから追加資料請求が出ているようです。承認されれば早期アルツハイマー病の臨床症状悪化を抑制する世界初の治療薬となります。

脳内を可視化した複数の図を用いて説明が続きました。アミロイドβ蛋白が「減少」することでタウ蛋白まで「減少」した患者の実例です。アミロイドβ蛋白とタウ蛋白は連動している仮説となり、今後の治療薬開発の機運がますます高まります。

荒井先生は、加齢医学研究所内にグリーン・テック社からの資金提供により認知症治療医薬開発寄附研究部門を設置しました。認知機能や神経症状を改善する新規治療候補役GT863の開発や、社会に貢献できる若手研究者の育成、認知症への理解と啓蒙に努めていく予定です。

(以上で講義終了)

〔グループトークによる質疑〕(質疑のみ記載)

Q1.アミロイドβ蛋白、タウ蛋白が溜まっても認知機能が変わらない人の理由は何か?
Q2.アルツハイマー病の早期対策として20代から脳の状態を調べておくべきか?
Q3.FDA諮問委員会の反対多数の理由は何か?
Q4.認知症治療薬が世に出た場合、どの程度のコストと想定できるか?
Q5.アミロイドβ蛋白の蓄積が始まる原因は何か?
Q6.認知症患者の男女比の差は何か?
Q7.アミロイドβ蛋白蓄積の予防観点から考えられる食・生活改善法はあるか?
Q8.認知症治療薬によっては認知機能をもとに戻すことは可能か?
Q9.治療候補薬GT863の中で、天然クルクミンから最適化された低分子化合物とは何か?
Q10.2025年までに目指している認知症治療薬の市場化はどの程度イメージしているのか?
Q11.CSF、PET検査以外にMRIや別の検査方法があるか?
Q12.一般市民が治療薬の実現に協力できることはあるか?

〔総括〕

村田特任教授よりポイント4点が示されました。 

  1. 本日の講義は認知症研究のなかの、原因疾患の6から7割を占めるアルツハイマー病の説明でした。
  2. アルツハイマー病については、アミロイドβ仮説が主流です。ある段階にアミロイドβと変性蛋白質が脳内に溜まり、その後、別のタウ蛋白が溜まることで神経細胞を破壊し、脳が萎縮して認知症が発症するという流れが分かりました。
  3. アミロイドβ蛋白の早期発見、除去が薬品開発の主流になっています。疾患修飾薬は、なるべく早い段階で投入することにより、アミロイドβ蛋白を早期に撲滅することが重要です。
  4. そのためには、精度の高い知見と高性能のバイオマーカーが必要です。荒井先生はバイオマーカーの分野で世界的な業績をあげました。これからは、バイオマーカーが血液の血漿を分析することで分かるのではないか、また新しい疾患修飾薬GT863に期待が持てます。

以上

 

 

 

(文責:SAC東京事務局)

 

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