SAC東京6期コースⅡ第10回月例会 事務局レポート

酸化ストレス防御と健康

コースⅡ第10回月例会は、加齢医学研究所 副所長、加齢制御研究部門 遺伝子発現制御分野、スマート・エイジング学際重点研究センター 副センター長の本橋ほづみ教授による「酸化ストレス防御と健康」が講義テーマです。

本橋先生の専門は生化学・分子生物学です。先生は生体の酸化ストレス応答を担う制御タンパク質NRF2(NF-E2 related factor)が環境ストレスに対する応答を担う転写因子であることを世界に先駆けて発見しました。酸化とストレス応答、環境適応のメカニズム、生活環境における様々なストレスから身を守るための食生活の話に加えて、SARS-CoV2(新型コロナウイルス)のビジネスヒントへと、ボリューム満載の講義となりました。

野菜は体によい

野菜が体に良いことは昔から言われています。特にアブラナ科の野菜・シソ科のハーブ、クルクミン(ウコン)やイソチオシアネート(わさび、貝割れ大根)が酸化ストレス防御に有効であるが分かってきました。それはなぜでしょうか。地球上の生物の進化と酸素の話から講義が始まりました。

酸素を利用すると効率的にエネルギーを摂取できますが、好ましくない酸化反応も起こします。紫外線やストレス、激しい運動や環境汚染などと相まって体の中で活性酸素が発生し、加齢に伴う病気に繋がる要素であると考えられています。

内耳における加齢に伴う過酸化脂質の蓄積

酸化ストレスが病気の原因になっている例として、加齢性難聴により聞こえが悪くなる症状や、加齢に伴う唾液腺の機能低下の説明がありました。どちらも、過酸化脂質の蓄積による影響が考えられます。

NRF2は酸化ストレスから私たちの体を守るタンパク質

NRF2というタンパク質を活性化すると生体防御系遺伝子がはたらき、過酸化脂質の蓄積を抑えることで、以下のような酸化ストレスから私たちを守ってくれることが認められています。

  • 喫煙による肺胞細胞の障害を軽減、化学発がん予防
  • 紫外線から皮膚やレンズを保護する
  • 虚血再還流後の組織障害の軽減
  • 膵臓β細胞の保護による糖尿病の改善

創薬も進んでおり、NRF2活性化剤は糖尿病性腎症、多発性硬化症、脳梗塞・心筋梗塞後の組織の保護など多くの疾患への臨床応用が期待されています。

KEAP1によるNRF2活性の制御機構

 KEAP1(Kelch-like ECH-associated protein 1)というタンパク質は、酸化ストレスに対するセンサー機能を持ち、ストレスを受けると不活性化してNRF2を安定化・誘導します。NRF2は転写因子であり、生体防御酵素群の発現を誘導制御します。

NRF2を増やすために、KEAP1を減らす(ノックダウン)実験をマウスで行ったところ、NRF2が活性化して老化に伴う過酸化脂質の蓄積が抑制され、加齢性難聴や顎下線の老化プロセスの遅延が証明されました。

NRF2活性化によるアルツハイマー病の病態改善の試み

NRF2の活性化は、アルツハイマー病の病態改善にも効果があるかアルツハイマー病モデルマウスでの実験が行われました。

KEAP1を減らすことでNRF2を活性化した結果、大脳皮質や海馬にある神経炎症の緩和が見られ、同時に酸化ストレスもマーカーも抑制されることが示されました。また、実際の認知機能を行動で確認するため受動回避試験を行ったところ成績の改善も見られました。

NRF2の活性化作用がある食品成分による効果

わさびスルフィニル(6MSITC)をマウスの飲み水に投与し続け受動回避試験を行った結果、KEAP1を減らして活性化した時と同様の改善が得られました。わさびやブロッコリースプラウトなど、我々が食べ続けることによって同様の改善が見られるか、ヒトへの研究にも期待が持てます。

NRF2の働き方の強さは人によって異なる

研究対象をマウスからヒトに変えて、NRF2の活性により騒音性難聴の予防に効果があるか、195名の自衛隊の聴力検査とNRF2の働き方の相関を調べました。その結果、NRF2を多く持つか持たないかNRF2遺伝子多型によって、騒音性難聴のリスクが人それぞれ異なることが分かりました。

NRF2が少ない人の場合、KEAP1を抑制することでNRF2を活性化すれば健康増進に繋がります。KEAP1の抑制には、バルドキソロンジメチルフマレートという薬や、食品を摂取する上で得られる成分(スルフォラファン、イソチオシアネート、クルクミンなど)が代表的です。

慢性疾患や呼吸器疾患、循環器疾患や感染症など、NRF2誘導剤の有効性が示唆されている疾患例は数多くあり、今後も多くの疾患への臨床応用が期待されています。

NRF2の活性化剤には抗ウイルス作用もある

KEAP1の働きを抑制してNRF2を活性化する物質にエブセレンがあります。このエブセレンが、SARS-CoV2(新型コロナウイルス)に対して強力な抗ウイルス作用を持つことが、学術雑誌Natureで取り上げられました。

エブセレンは、メインプロテアーゼ(SARS-CoV2の増殖に必須であるタンパク質)を強力に阻害することで、SARS-CoV2の増殖を抑制する効果が分かり東北大学でも研究が進められています。

呼気オミックスによる生体情報モニタリング

東北大学は、新型コロナウイルスの診断に非侵襲的な生体試料として呼気を利用した研究を行っています。この呼気オミックスを応用することにより、生体防御や炎症、免疫、ストレス応答など様々な生体情報モニタリングを行い、ゲノム解析や呼気オミックスAI学習などの呼気医療への展開が研究されています。

(以上で講義終了)

〔グループトークによる質疑〕(質疑のみ記載)

Q1.NRF2の遺伝性やその人の量を測ることは可能か?
Q2.NRF2を活性化する食品で刺激の少ないものはあるか?
Q3.加齢に伴い貯まった過酸化脂質を減らすことは可能か?
Q4.NRF2自体を活性化せる物質はあるか?
Q5.KEAP1を抑制する食品の効果を、最大限に引き出す調理法はあるか?
Q6.呼気オミックスの家庭用キット化の構想はあるか?
Q7.NRF2の活性に影響する外部刺激はあるか?
Q8.NRF2ががん細胞に入ると増殖するか?
Q9.抗酸化作用の研究にNRF2をフォーカスした理由は何か?
Q10.アミロイドβの蓄積とその人が持つNRF2との関係性はあるか?

〔総括〕

村田特任教授よりポイント5点が示されました。 

  1. NRF2というタンパク質が活性化すると、生体防御系遺伝子がはたらき、過酸化脂質の蓄積を抑えることで酸化ストレスから私たちを守ってくれることが分かりました。
  2. KEAP1というタンパク質は、酸化ストレスなどに対するセンサー機能を持ち、ストレスを受けると不活性化してNRF2を安定化・誘導します。逆に、全くない状態も問題があるということが分かりました。
  3. KEAP1の抑制には、バルドキソロンやジメチルフマレートといった薬や、食品を摂取する上で得られる成分(スルフォラファン、イソチオシアネート、クルクミンなど)が代表的です。食品を摂取し続けられるレシピ開発などはビジネスにつながるのではないでしょうか。
  4. NRF2の働き方は人によって異なり、遺伝子多型が深く関わっています。メディカルメガバンク機構での遺伝的要因の分析が進むと、それに適したNRF2のコントロールも効率が良くなると考えられます。
  5. エブセレンという物質が、SARS-CoV2(新型コロナウイルス)に対して強力な抗ウイルス作用を持つことが分かりました。呼気オミックスに関しては、身体の細かい情報まで分析できるツールとして今後の研究に期待が持てます。

以上

 

 

 

(文責:SAC東京事務局)

 

あわせて読みたい関連記事

サブコンテンツ

このページの先頭へ