SAC東京6期コースⅠ第9回月例会 事務局レポート
脳内の「報酬系」「罰系」は消費行動にどう影響するか?
コースⅠ第9回月例会は、大学院生命科学研究科 脳神経システム分野の筒井健一郎教授による「脳内の『報酬系』『罰系』は消費行動にどう影響するか?」が講義テーマです。
脳の神経ネットワークには、元気ややる気を感じさせる「報酬系」と、恐怖や不安を感じさせる「罰系」があります。また、これらの働きに関わる脳内物質が、ドーパミンやセロトニンなどのモノアミンと呼ばれる物質です。近年、これら「報酬系」「罰系」が、人の行動に対して様々な影響を与えていることが分かってきました。今回は、複数の消費行動事例を取り上げ、脳の「報酬系」「罰系」が、どのように働くのかを事例で解説していただきました。
本日の講義は以下4つの構成です。
- 脳・神経系の基礎知識
- 脳の「報酬系」とドーパミン
- 脳の「罰系」とセロトニン
- 脳と社会行動
脳・神経系の基礎知識
脳の解剖図の説明から講義は始まりました。神経細胞(ニューロン)の神経回路は電気回路に似ており、神経細胞が繋がって形成された神経回路に電気的な興奮が伝わることによって、脳・神経の機能が発揮されます。
神経細胞には、興奮性と抑制性の2種類があり、放出する神経伝達物質の違いによって決定します。
グルタミン作動性ニューロンは興奮性の神経伝達物質:グルタミン酸で作動し、GABA作動性ニューロンは抑制性の神経伝達物質:ガンマアミノ酪酸(GABA)で作動します。
脳内の情報伝達において「調整的」な役割を果たすモノアミン系神経伝達物質(ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン)は、脳内の特定の部位で合成されモノアミン系ニューロンによって脳内に広く届けられ、気分・情動・注意・睡眠・覚醒などに関わります。
モノアミン系ニューロンは、軸索に多数の枝分かれを持っており、脳内に広くモノアミンを放出して脳内の情報伝達を調整しています。
脳の報酬系とドーパミン
マウスの頭蓋内自己刺激実験により、ドーパミン放出の原理が知られるようになりました。依存性薬物の多くはドーパミンの放出を促すように作用します。
麻薬や覚醒剤が代表的ですが、アルコールやニコチンも依存性薬物の一種です。また、ギャンブルものめりこみ過ぎると依存性薬物と同様に危険であり、治療は非常に難しいと言われています。
報酬系の一部である脳の線条体は様々な「報酬」に関係して活動します。また、報酬系が働くと、モノアミン系の一種であるドーパミンが脳内に分泌されます。ドーパミンは以前は「快楽物質」でと考えられていましたが、現在では「やる気」や「元気」、「求める気持ち」を生み出す役割があると考えられています。ドーパミンが脳内に放出されるのは次の3つの場合です。
- 不確実な嬉しい出来事を期待しているとき
- 予期していなかった嬉しい出来事が起きたとき
- 嬉しい出来事が確実に起きると予想されたとき
快楽(多幸感)に関係するのは、内在性の(脳内で生合成される)オピオイドであると言われています。
脳内のドーパミンを増やすアドバイスとして、2点説明されました。
- 達成型の生活(明日、一週間後、一ヶ月後、一年後が楽しみになるような生活)
- 「予期しない嬉しいこと」を与え合うことができる人間関係(挨拶、声がけ、相手を褒める、思いやる、助け合う)
脳の「罰系」とセロトニン
扁桃体は、ネガティブな(不快、不安、恐怖、苦痛など)記憶形成や想起に関係しており、これにかかわる神経ネットワークを罰系と言います。脳機能イメージング研究により、うつ病は報酬系・罰系の不調によるものであることが示唆されています。現在のところ、うつ病の主な治療法はセロトニンの脳内濃度を上げる薬SSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)の服用です。
セロトニンの機能は下記2点となります。
- 体温の調整、摂食行動の調節、覚醒水準の調整(上昇)など、様々な整体機能を調整する
- 情動に関しては不安を抑制し、負の記憶が過剰に形成されてしまうことを抑制する
「罰系」の特性を利用したビジネスとして、お化け屋敷やバンジージャンプがあります。恐怖を体験すると、罰系が活性化し、これを抑制しようとしてセロトニンの分泌が促されます。お化け屋敷を出ると恐怖感はなくなりますが、脳内にセロトニンがしばらく分泌し続けるため、スッキリした気分になるのです。
日常生活において脳内のセロトニンを増やすには、下記4点が重要です。
- 規則的な生活、早寝早起き
- 太陽にあたる(外出する)
- よく噛んで食べる
- リズミカルな運動 (散歩、ジョギング、座禅など)
身近な課題として、新型コロナウイルス(COVID-19)がもたらす心理的影響やストレス、不安に関わる脳の働きを理解して対処することが重要であると説明されました。
脳と社会行動
社会行動に関係する脳内物質として、オキシトシンが紹介されました。オキシトシンの分泌は、側坐核(腹側線条体)の活動を促進し、扁桃体の活動を抑制します。すなわち、協力行動を増強し、恐怖や不安を抑制するのです。
日常生活において脳内のオキシトシンを増やすには、ふれあい(スキンシップ、声かけなど)と、協力や信頼関係の構築(仕事、スポーツなどを通して)が重要であるようです。
脳内の神経伝達物質は、神経系の機能を調整し、正常な機能の発現に必要不可欠な役割を持っていることが分かりました。
3つのトピックスについて脳科学の知見から説明がありました。
- 昨今の「昭和リバイブル」ブームについて
- 退職シニアは、「仕事をするときにお金よりもやりがい=他人の役に立ち、感謝されたい」を選ぶようになるのか
- 同じシニア層でも、富裕層対象には別のビジネスモデルが必要な理由について
「昭和のリバイバル」と脳内の報酬系、罰系を例にとると、某局の朝ドラの時代設定(戦前、戦後、高度成長期)は、「昭和世代」の年齢層のノスタルジーを刺激することを狙っているようです。
年配者は一般的に「親近性」を好み、昭和リバイバル商品によって、当時の記憶が呼び起こされます。自身が活躍していた時の記憶を追体験することにより、これがモノアミン系ニューロンの活性化につながります。
昭和を知らない若年層は、「新奇性」を好みます。新しい価値観を体験するとともに、年配の世代とそれを共有することができます。
以上の解釈の背景にある脳科学の知見として、記憶は情動を伴っており、情動的な体験をすると、そのことが記憶に残りやすいということです。また、その記憶を想起するときに、情動も一緒に追体験されます。
最後に、退職後のシニアは報酬の質に変化が見られることと、富裕層はリスクを好むという説明があり、「報酬系」と「罰系」の理解が進むと、消費行動の理解につながるということが分かりました。
(以上で講義終了)
〔グループトークによる質疑〕(質疑のみ記載)
Q1.「罰系」の特性を利用したビジネスに向いている恐怖はあるか?
Q2.ドーパミン、セロトニン、オキシトシンは、認知症の抑制に関りがあるか?
Q3.VRによるスキンシップによって、脳内のオキシトシンは増加するか?
Q4.集中力が途切れた時、脳はどのような状態であるか?
Q5.ドーパミンやセロトニンが出ているかどうか可視化することは可能か?
Q6.狭い空間と開放的な空間を売りにしているビジネスの違いは何か?
Q7.ロボットやおもちゃでも脳内のオキシトシンを増やすことは可能か?
Q8.脳が疲労している状態は測定が可能か?
Q9.富裕層はリスクを取る傾向があるとする研究事例はあるか?
Q10.脳内の「報酬系」「罰系」は、犬にもあてはまるのか?
〔総括〕
村田特任教授よりポイント4点が示されました。
- 脳内の「報酬系」は、経済的、心理的な報酬で活性化する脳の神経系の話しが示されました。ドーパミンが神経系に分泌されるとワクワク感やドキドキ感を生じ、もう一度経験したくなる事がポイントです。脳内のドーパミンを増やすには、達成型の生活や予期しない嬉しいことを与え合う関係性を作ることが挙げられます。
- 脳内の「罰系」は、恐怖や不快情動により活性化する脳の神経系です。脳の扁桃体が関与し、恐怖や不快情動を感じるとセロトニンが分泌されます。セロトニンは生体リズムに関与するだけでなく不安を抑制する機能があるため、不足するとうつ病の原因になると言われています。セロトニンの分泌を促すには太陽光にあたる、リズム運動(意識的な呼吸、よく噛んで食べることなど)が重要です。
- 社会行動に関係する脳内物質のオキシトシンが紹介されました。報酬系を活性化することで協力行動を促す機能と、罰系を抑制して恐怖や不安を抑制するという両面の機能が紹介されました。東日本大震災の後、それまで別居していた人の同居が増えたことも、オキシトシンが影響している事例と思われます。
- 消費行動に影響する事例が紹介されました。昭和リバイバルの説明では、昔の情動体験を追体験すると、報酬系が活性化されるということです。高齢者向けに改装や再現をする場合、昭和風の居間を設置するというワンパターンではないオリジナリティが望まれます。
退職後のシニアは、報酬の質に変化が見られます。これに関する脳科学の研究に期待が持てます。最後に、富裕層はリスクを好むという説明がありました。「報酬系」と「罰系」の理解が進むと、消費行動の理解につながることを理解してください。
以上
(文責:SAC東京事務局)
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