SAC東京6期コースⅢ第7回月例会 事務局レポート

iPS細胞を利用した骨再生材料の創生

コースⅢ第7回月例会は、大学院歯学研究科 分子・再生歯科補綴学分野、歯学イノベーションリエゾンセンター長、先端再生医学研究センター長、東北大学病院 副病院長の江草宏教授による「iPS細胞を利用した骨再生材料の創生」が講義テーマです。

江草教授は、香港やアメリカなど海外での研究を重ね、日本に帰国後は京都大学山中伸弥教授との交流から歯科に初めてiPS細胞の研究概念を持ち込みました。歯茎からiPS細胞をつくる研究を始めた第一人者です。大学院の分子・再生歯科補綴学分野では、患者の診断、臨床教育、研究の三本柱で、無くなった歯を再生する業務に携わっています。

本日の講義は以下の4つの構成で進められました。

  • 再生医療とは?
  • 歯茎×iPS細胞=再生医療?
  • iPS細胞から骨を作って、歯も創る?
  • 人生100年時代の再生医療

再生医療とは?

歯を失った後、破骨細胞によって起こる「顎の骨の吸収」は、インプラントや入れ歯の治療を困難にします。

垂直性骨欠損の場合、入れ歯かブリッジによる治療法が一般的ですが、見た目や実用的な面で患者の満足度は高くありません。そこで、人工的な材料や幹細胞を用いた骨造成の再生アプローチが研究されています。

再生医療とは、人間の体の一部にできた欠損を、自分の細胞(自然治癒力)で元通りにしようとする治療です。従来の削る、詰めるといった歯科治療は隙間から菌が繁殖し、再び治療が必要となります。人生100年時代を考えたとき、治療を繰り返さなくてもよい点で再生医療が着目されています。

幹細胞移植による顎の骨の再生は、大きくふたつのアプローチがあります。ひとつは、骨髄液から採取した間葉系幹細胞に足場(骨補填剤)と生理活性因子(多血小板血漿等)を合わせて培養するテッシュエンジニアリングによる骨再生です。

もうひとつは、骨髄液採取後、培養に時間をかけずチェアサイド(歯科医師)で調整した幹細胞移植による骨再生です。2012年時点で、どちらも顎骨再生治療に効果的であるという臨床研究が世界中で報告されています。

世界でも権威のある米国インプラント学会ステートメントは、歯科インプラント治療における幹細胞を用いた再生治療に対し、広範な骨欠損と治癒不全を認める患者に対して重要であるものの、効果、効能を明らかにし、将来的な費用対効果の問題に答えなければならないことを発表しています。

日本における幹細胞治療に関し、歯科側と医科側の治療費比較が紹介されました。歯科インプラント治療における幹細胞を用いた再生治療では、歯1本に対して約100万円の治療費が必要となるそうです。

江草教授は、医療の価値をValue=Quality÷Costで表しました。高額な費用が本当に医療の価値として効果やコストに見合っているかの検証が必要であると説明されました。

歯茎×iPS細胞=再生医療?

万能幹細胞のひとつである胚性幹細胞(ES細胞)は、受精卵が少し進んだところを壊して取り出すことにより、いくつもの組織幹細胞に分かれて体細胞となり、最終的に体の様々な器官となります。

京都大学の山中教授は、この流れとは逆に遺伝子の記憶を初期化する因子(山中因子)を発見し、遺伝子操作によって体細胞の記憶を初期化し、記憶を亡くした人工多能性幹細胞(iPS細胞)にまで戻すことで、改めて色々な細胞に変化できる技術を開発しました。

江草教授は、この山中因子を治療で捨てられていた患者の歯茎に応用しました。iPS細胞の実験において、ヒトの歯茎の細胞がiPS細胞を経由して精子の代わりを行い、マウスの受精に成功した報告もありました。

ここで注目されたポイントとして、皮膚からiPS細胞を作るよりも歯茎から作った方が7倍も効率が高くなったということです。この知財は、現在アメリカのベンチャー企業にライセンスアウトされ活用されています。

iPS細胞から骨を作って、歯も創る?

 iPS細胞を骨の再生治療に用いるまでのプロセスとして、間葉系幹細胞(2D)ではなく、3Dのまま誘導する骨芽細胞誘導に成功し、更に骨移植材料を目指したiPS細胞構造体である石灰化したiPS細胞凝集体の作製に成功しました。

この石灰化した塊は、自己組織化による骨様オルガノイド(人為的に創出された器官に類似した組織体)の性質を持つことが分かり、骨オルガノイド、軟骨オルガノイド、骨/軟骨オルガノイドといった様々なオルガノイドの作製の研究につながりました。

軟骨オルガノイドは、膝の骨や頭蓋骨の再生に有効であることが分かりました。この自己組織化させて一体化させる技術を、骨/軟骨オルガノイドを使って骨再生技術に応用することで、患者に欠けているオルガノイドを立体的に作製して移植する研究が進められています。

様々な分野でiPS細胞の実用化にむけた研究が加速しています。一方、一般の人たちにiPS細胞を届けるには「コストダウン」「安全性の確保」という課題があります。

心臓や脳と違い、歯のインプラント治療の骨に数千万円かける現実性が低いため、一件100万円以下を目標に技術開発を行いました。生きたままの高価な骨オルガノイドを使用するのではなく、iPS細胞を大量に培養増幅した後、骨オルガノイドを凍結乾燥します。

これをiPS細胞凍結乾燥骨と呼び、高い骨再生効果のみならず、安全かつ低価格で保存できる骨補填剤としての開発に成功しました。

従来の人工骨よりも大量生産によるコスト削減の可能性が見えてきただけではなく、iPS細胞骨オルガノイド技術を利用した医療材料は、ヒトに限らず競争馬やペットの骨再生治療にも応用される計画です。

江草教授の究極の目標は、大型骨欠損を骨造成や自家骨移植、人工骨で骨を直したところに、骨結合型インプラントを埋め込むだけでなく、歯根膜付インプラント再生歯低コストで供給することです。

人生100年時代の再生医療

1本の歯が無くなると、周りの歯が傾斜して汚れが貯まり齲蝕や歯周病になり、さらなる歯の喪失につながります。歯と歯の間に隙間ができても同様の結果となります。

歯の喪失は、噛めない、しゃべり難い、見た目が良くないというところから顎関節症や老人性顔貌につながります。

江草教授は、入れ歯や被せもの、インプラントによる再建治療の意義として、QOL(Quality of Life)の維持・向上を掲げました。口の健康から心の健康全身の健康にまでつながる大切さを強調しました。

人生100年時代を見据え、人生4段階区分論(Peter Laslet:英国歴史社会学者)が紹介されました。長寿化により、退職から老衰するまでが“人生の全盛期”として長くなっています。その時の歯の喪失拡大阻止のためにも、先制医療としての再生歯科医療は、口腔組織再生医療のニーズとして非常に着目されています。

先制医療は、社会全体に対してある種の介入をすることで、全体の疾病発症率を抑制することを目標とする予防医学ではありません。各個体の遺伝的形質や成長履歴に基づいた各疾病の発症機序に対して介入することで、その個体の疾病発症を未然に防ぐことを目指す医療です。

医療ビッグデータ(医療情報・ゲノムコホート)によって、患者の平均的な体質は容易に分かり治療が可能です。平均的な治療では治らない患者に対しては、この先制医療が活用できます。

iPS細胞を使うことで骨オルガノイドや歯オルガノイド、唾液腺オルガノイドといった個々の器官を再現し、病気の様々なモデルの基礎研究が可能となるからです。歯科医療の将来的な再生医療への応用に十分期待が持てるとし、講義は終わりました。

(以上で講義終了)

グループトークによる質疑(質疑のみ記載)

Q1.再生歯のコストが高い原因は何か?
Q2.骨領域以外でのオルガノイド商品は検討しているか?
Q3.幹細胞を用いた再生治療の実用化はいつ頃か?
Q4.再生医療を毛皮に応用する構想のように他の研究事例はあるか?
Q5.幹細胞の治療に関し公的企業として認められる条件は何か?
Q6.今後ビジネスとして力が注がれるのは審美歯科領域か再生医療領域か?
Q7.歯の足場となるiPS細胞の増殖に必要な素材の特徴は何か?
Q8. iPS細胞は世界中で研究されているが、特に進んでいる分野はどこか?
Q9.退職後、歯に支障をきたす人の割合はどのくらいか?
Q10.神経を抜く、インプラント治療をする時どのように判断したらよいか?
Q11.コスト抜きで一番研究したい内容は何か?
Q12.高齢者の歯科治療の需要は増えているか?
Q13.歯の矯正は昔とどのように変わったか?

総括

村田特任教授よりポイント4点が示されました。

  1. 歯茎に着目した研究はまさにイノベーションと言えます。その理由は、通常捨てられている歯茎がiPS細胞になりやすいという性質を持ち、3次元的に物をつくる能力が高いことを発見したからです。
  2. 骨や軟骨のオルガノイドを組織移植する骨再生技術や、iPS細胞を凍結乾燥することによって骨の高い再生能力を維持しながら、安全かつ低コストに保存もできる技術を学びました。
  3. コスト面で課題はありますが、顎の骨だけなく歯の再生が実現したらニーズは莫大なものになります。歯根膜付きインプラントや再生歯の研究にとどまらず、再生歯科医療の対象は競争馬やペットにまで広がっており新しい市場の開拓が期待されます。
  4. 捨てていた歯肉の部位に価値があったように、捨てる部分に価値を見出したことを学びました。歯があることでアクティブであり続けることは、認知機能の低下も抑えられます。歯があり続けることをサポートするビジネスは、市場においても価値があるということです。

以上

 

 

 

(文責:SAC東京事務局)

 

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