SAC東京6期コースⅠ第6回月例会 事務局レポート

デザイン思考による医療関連ビジネス創出

コースⅠ第6回月例会は、東北大学病院臨床研究推進センター バイオデザイン部門長、病院長特別補佐(企業アライアンス/テクノロジー)、脳神経外科/高度救命救急センターの中川敦寛特任教授による「デザイン思考による医療関連ビジネス創出」が講義テーマです。

中川先生は脳神経外傷、医療機器開発、制度設計を専門とし、様々な企業の事業開発支援に携わっています。テストのように100点を取れば合格することと違い、企業が取り組むテーマに対する合格点は自分たちで作らなくてはいけません。デザイン思考バイオデザインの説明から講義は始まり、実例を交えながら事業化する手法が紹介されました。

デザイン思考

中川先生が定義づけたデザイン思考とは、解決すべき課題を定義して、その課題の本質を見極め、できるだけ多くの解決策の中から課題の本質を解決するアイディアを選び、研ぎ澄まし、プロトタイプを作成し、課題を解決するまで繰り返す一連のプロセスのことをいいます。

バイオデザイン

バイオデザインとは、スタンフォード大学で立ち上がったデザイン思考を基にした医療機器イノベーションを索引する人財育成プログラムです。医療現場のニーズを出発点とし、開発初期段階から事業化の視点も検証しつつ、問題の解決とイノベーションを実現するアプローチが特徴です。

スタンフォード大学のPaul Yock教授が提唱し、2001年のプログラム開始以来、プログラムからの起業は40社以上に上ります。2015年に安倍総理がスタンフォード大学を訪問の際、“日本の再活性化にむけて”の提言の中でバイオデザインも紹介されています。

VUCA

本日のキーワードとなるVUCAの説明がありました。VOLATILITY:うつろいやすい、UNCERTAINTY:確実なことはない、COMPLEXITY:複雑、AMBIGUITY:あいまいの頭文字を並べたビジネスワードです

テクノロジーの進歩は急速であり予測は困難です。世界の市場は不確実性や不透明性を増しています。中川先生は、VUCAが現在の世相も表しているとし、これらを解消するためのアプローチとしてデザイン思考が位置づけられるという説明がありました。

VUCA時代の処方箋 デザイン思考

デザイン思考から導き出されたものは、技術の高さ、低さに関係なく価値を生み出すイノベーションが得られるという説明がありました。

ここから、以下の4点をポイントとしてたくさんの事例と共に講義が進みました。

  1. ニーズにも松竹梅がある
  2. プロセスはデザインするもの
  3. スピードとつながりが価値を持つ時代
  4. Co-Creation、東北大学病院が提供する価値

ニーズにも松竹梅がある

 東北大学病院は、企業が医療現場のニーズを探す上で現場観察を受け入れています。中川先生のもとに、ある企業から敗血症診断キットの試作品が実用可能であるかの相談がきました。

試作品のニーズは医師であれば誰が聞いても皆無であり、その企業が数年間、数億円かけた敗血症診断キットは経営判断として撤退が決まりました。つまり、ニーズを捉えきれていなかったということです。

逆に、今まで不要と考えられていたニーズに対し、バイオデザインを活用して売れ筋商品となったLULLYというデバイスの開発事例が紹介されました。

従来、夜驚症は子供が誰しも通る道だからと医師もやり過ごしてきましが、そこに克服のニーズを定義づけ、病態を調べ、睡眠のメカニズムを明確にして開発できたことが成功につながりました。深い観察の結果“そうはいっても”親は大変だということに気付けたことで開発に成功した事例です。

東北大学病院、及び関連病院でもニーズの探索を行っていますが、早いチームと遅いチームに60倍も差がありました。

ここで中川先生は、ニーズ探索から提案に至るまでに重要な要素として、ニーズの定義“正しい”質問プロセスデザインのボトルネック分析が重要であると説明されました。

プロセスはデザインするもの

世界中からエリートが集まるバイオデザインには、10か月間のフェローシッププログラムがあります。驚くべきことに、10か月間のうちの30%の時間を特徴づけられたニーズを絞り込むことに費やします。

研究員のその後の行動は非常に早く、プログラム終了後、2ヶ月後には動物実験を行い、半年後には被験薬をヒトに投与したそうです。つまり、デザインがしっかりできているとその後の行動は早くなるということが分かりました。

ここで、バイオデザインの次の手順が紹介されました。

  1. ニーズ探索:五感を駆使する
  2. ニーズを定義づける:一文で表す
    “だれ”に対して“何を解決する”ことにより“何をもたらす”ための方法
  3. ニーズの選択:戦略に基づいた基準を段階的に使用
  4. 正しい質問、スマートな調査
  5. ブレインストーミング:ニーズに基づいたコンセプトづくり
  6. プロトタイピング
  7. 事業モデル、検証:ニーズの解決に適切なバスを仕立てる

iRhythm

バイオデザインをもとに開発されたiRhythmの開発事例が紹介されました。一過性の不整脈を有する患者にとって(対象)、不整脈を心電図上で検出するために(目的)、より長時間の心電図のモニターを装着する方法(問題)といった、ニーズの定義づけを一文で表しています。

不整脈診断には24時間生活しながら行うホルター心電図検査が一般的です。患者のニーズと検査の有効性を追求して、装着時に一度受診するだけで2週間の心電図検査ができるウェアラブルを開発し、診断率も90%へと向上したのです。ニーズの定義づけは、見方を変えると発見になることが分かりました。

スピードとつながりが価値を持つ時代:Co-Creationのススメ

東北大学病院はニーズを見ることができる現場にする目的で、ASU(Academic Science Unit)に取組み、そこでデザイン思考を実践しています。

東北大学ベッドサイドソリューションプログラム

 ASUは、企業と東北大学病院が共同研究契約を結び、企業人が直接医療現場に入り、現場観察を通して多くのニーズを探索、絞込みを行い、新たな医療機器や医薬品、システム、サービス等の製品化、事業化を目指しています。

Clinical Immersion(医療現場観察)、Brainstorming(“欲しかった”価値を創る)、Networking(あらゆるものをつなげる)を活動の三本柱とし、産学連携(企業アライアンス)の推進やオープンイノベーション、人材育成にも取り組んでいます。

受け入れ企業は2014年以降、延べ48社、1,400人以上の共同研究員を受け入れ、7件の新規事業、80件以上の学術指導契約、20件の特許出願という実績が紹介されました。参画企業も医療機器関連から、今後はヘルスケア関連の増加が見込まれるようです。

ASUから事業化され成功した例として、ケディカ社のケディクリーンTZK/EX医療器具用洗浄液が紹介されました。鋼製小物の洗浄の質向上とコスト削減を両立した価値が評価されました。

Co-Creation、東北大学病院が提供する価値

 東北大学病院が企業に対して提供している価値として、ニーズ検索、プロセスデザイン、仮説検証、コンサルティング、インタビュー、教育が紹介されました。インタビューに関しては、国内外の500か所の医者、医療従事者、医療施設と電話一本でつながるといった強みがあります。

また、2020年1月から東北大学病院の15階スペースを課題解決型実証フィールドOPEN BED Labとして企業に開放しました。働き方をもっと楽にするテクノロジーを取り入れASUで見つけた新しいコンセプトを企業と共同開発しています。

更に、大学病院だけではなく仙台市や東北全体の課題解決を目的として、行政、アカデミア、インダストリーと協働し、地域の課題解決と発展に貢献する仕組みを構築しています。ここでは、Health Tech(仙台市ヘルステック推進事業)が紹介されました。

コロナ禍において、世界中がISOLATION ECONOMYの真っ只中にあります。医療も同様に五感を駆使した現場観察が制限される為、中川先生はデジタルヘルスへのシフトを行っています。

例として挙げられたのは、大学病院のデジタルヘルスラボです。ここでは、AR/VRコンテンツ開発、仮想、臨床現場観察(virtual CI)、3Dプリンターでのプロトタイピングなどを学生や企業と取り組んでいます。

最後に、意味のあるイノベーションを持続的に起こすためには、インフラ、プロセスデザイン、ネットワークの三位一体が重要であるとされ、講義は終了しました。

(以上で講義終了)

グループトークによる質疑(質疑のみ記載)

Q1.病院や医療関係に特有の課題抽出方法はあるか?
Q2.ニーズを定義化する上で、スピードをあげるコツはあるか?
Q3.デザイン思考を活用しても売り上げにつながらなかった失敗例はあるか?
Q4.真のニーズを見つけだすための体系的な手段や手出てはあるか?
Q5.介護施設に企業が入り込んで一緒に研究する上での難しさはあるか?
Q6.デザインヘッドになる人はどのような資質が必要か?
Q7.新規事業を行う前段階で、取り組むべき領域を設定する判断基準はあるか?
Q8.確立された治療方法を、デザイン思考で再提起したケースはあるか?
Q9.新規事業案件の中でNGになった原因は何か?
Q10.正しい質問や観察は何を学べばできるようになるか?

総括

村田特任教授よりポイント4点が示されました。

  1. デザイン思考とは、VUCAの時代に事業を前進させるための思考法であることを学びました。この思考法の特徴は、ニーズの定義付けから事業モデルの検証までの一連の過程を何度も何度も繰り返し行うことです。
  2. バイオデザインは、技術シーズよりも顧客ニーズに重きを置いたユーザー視点で考えるということです。中川先生は、これを東北大学で実践されています。
  3. スタンフォード大学にない東北大学オリジナルは、企業からその立場のままで共同研究員を受け入れる仕組をつくったことと、実際に事業化事例を生み出していることです。また、OPEN BED Labや Health Techといった先進的な取組みを行い、実践フィールドを広げています。
  4. 東京でなく仙台でやることの意義は、課題のショーケースをいち早く作り、解決策をどんどん生み出せば、ニーズが世界共通であればグローバルに展開できます。海外事例に学びつつ、日本独自・東北大学独自の戦略の良い事例です。

以上

 

 

 

(文責:SAC東京事務局)

 

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