SAC東京コースⅡ第11回月例会 事務局レポート
2月23日開催 SAC東京コースⅡ第11回月例会 事務局レポート
「消費者はどのようにしておいしさを感じているのか」をテーマに文学研究科心理学研究室所属の坂井信之准教授のご登壇です。資料は膨大ですが、「興味を持った部分のスライドを見て下さい」と説明し、「遠慮なくお問い合わせ下さい」の挨拶に安心しました。
専門分野・自己紹介
「味覚と臭覚の仕組み」「おいしさ/香りの認知」「製品の使用感・選択」「応用心理学」の考え方を紹介しながら講義の流れをつかんでいきます。東北大「和食ゼミ」の紹介では、出汁の取り方を知らない学生の話となりましたが、調味料に頼って「出汁を取る」ことをしなくなっている主婦も多いです。「和食」を世界遺産に登録したのも、日本食が無くなってしまう危機感からだそうです。
マズローの欲求5段階説
人間性心理学の最も重要な生みの親とされているアメリカ合衆国の心理学者アブラハム・ハロルド・マズローです。「マズローの欲求の5段階説」のピラミッドに、晩年追加された6段階を加えたマズローの法則の理解から講義が始まりました。
第一階層「生理的欲求」は欠乏欲求。生きていくための基本的・本能的な欲求では、空腹・栄養補給への欲求です。子供が泣くことで空腹を満たすという例えで説明されました。
第二階層「安全欲求」も欠乏欲求。危機を回避したい、安心して暮らしたいなど子供が母親にベッタリする時期のことであり、食べ慣れているモノを求めます。
第三階層「社会的欲求」(欠乏欲求)を「愛と所属の欲求」と語る坂井先生です。共食・家庭の味・食文化にみられる帰属欲求であり、ここまでの欲求は外的に充たされたいという思いから出てきます。幼稚園に通うようになった子供が、皆と同じことが大切になることに現れています。
第四階層「承認と尊厳の欲求」(欠乏欲求)は冒険心・ブランド・価格の欲求です。ここからは外的なモノではなく、内的な心を充たしたいという欲求に変わります。タバコを吸った中学生が友達に「すごいなぁ」とほめられてうれしく感じるのもこの欲求です。
第五階層「自己実現の欲求」は自分のこだわり・自己表現の欲求であり、アイデンティティの獲得を求める成長欲求です。
第六階層「自己超越」は晩年のマズローが加えた成長欲求です。目的の遂行・達成を純粋に求める領域であり、見返りも求めず、エゴもない貢献の状態と言われています。坂井先生はこれを「知識・美への欲求」と呼び、マナー・究極の料理、健康や体型に関する信念と説きました。
本能から知識・経験を経て信念・哲学へと向上していく我々の欲求をテーマに沿って丁寧に紐解きながら、そのうちのメジャーな「知識・経験」を中心に講義することが伝えられました。マズローの欲求5段階説はビジネスにも日常生活にも活用でき、対人援助の医療・介護業界でも活用しています。
現代の日本人の欲求
多くの消費者は第三階層・第四階層であり、「生理的欲求」「安全欲求」が充たされるだけでは満足できない時代です。
味覚の受容
味蕾(みらい)があるところなら、どこでも同じように味を感じることに認識が覆されました。舌の先で甘味、舌の奥で苦味を感じるように思うのは、脳がだまされた結果というのです。苦いモノはすぐに飲み込みたいから奥に送る。甘いモノは味わっていたいから舌先にとどめる。行動に基づいて学習された分布なだけなのです。
味覚の官能評価
味覚が単純に決めているわけではなく、行動が優先します。「脳を計測すればピタリと当たるなんてことはありません」と主観評価の脳計測をしながら、味覚のほとんどが臭いと口腔内触感に影響を受けているというのです。
五基本味
甘味、うま味、塩味、酸味、苦味の5つが世界的に「味覚」と認められています。味覚レセプターは消化吸収のためのトリガー(引金)であり、生きるための能力なのです。産まれたばかりの赤ちゃんも甘いモノはニコリとし、苦いモノは吐き出すのです。これは無脳症でも同じ反応であり、脳の反応ではないこともわかります。味覚は表情反射のトリガーです。
若い人は甘口
苦み嫌いな若者の割合が増えています。30歳代以下の世代は子供の頃から外食産業で甘めの洋食に親しみ、苦さや辛さに慣れずに育ったことが影響しているようです。たしかに飲み会での乾杯から果実酒を頼む人が増えました。若者に受ける甘いビールの開発もされましたが、ビール会社4社全て失敗したそうです。意図して作っても成功しません。
視覚、聴覚、嗅覚の共感覚
サイエンスZEROという番組で、被験者にフタをかぶせた紙コップの水を飲んでもらう実験を行いました。同じ水でありながらフタに香料を潜めると被験者は「味が違う」と答えました。また、味も香りも同じ無色のシロップが、色を変えることで「イチゴ味」、「メロン味」と答えました。お腹の中の赤ちゃんが、お母さんの摂取したモノが血液になり羊水になり伝わっていく仕組みも知りました。母乳からも伝わります。女性陣が大きくうなずいていました。
マグロの寿司を食べる実験では、変色ゴーグルをつけて素材は同じマグロでもマグロの色が異なって見える環境で寿司を食べてもらいます。赤く見えるマグロ寿司は美味しく、白く見えるマグロ寿司は味がせず、青く見えるマグロ寿司は美味しくないと感じました。見た目で美味しさは影響を受けるのです。コーヒーやワインでの実験も見た目やブランド認知度で影響されました。企業は、商品のおいしいイメージを向上するには、味覚に嗅覚を足して、視覚も刺激するなどの工夫が必要になります。
おいしさの評価
「人がおいしいと感じるモノはあるが、おいしいモノは存在しない」との結論に至りました。ヒューリスティック思考で脳がだまされた結果としてのおいしさのようです。それならば、消費者が「おいしい」と思い、「手に取ってくれる」商品はどんなものなのでしょうか。モノ中心からヒト中心の時代です。消費者の欲求を充たすためには、対象者の欲求を見つけ出さなくてはなりません。最後に再びマズローの欲求ピラミッドで講義は終わりました。
【アイスブレイク・タイム】
村田特任教授のもとで用語や定義の確認をしながら講義内容を深堀していきます。坂本先生とのテンポ良い掛け合いの一部を紹介します。
・5つの基本味。防御の意味での認知は、その人の生活に影響を受けている。
・妊婦と胎児の感じ方は、食べた物の香りが羊水に溶けて、胎児は直接感じとる。
・食べてもらうために、高齢者食に乳児期のミルクや離乳食の成分を使うことも検討。
・生育環境の影響が大きく、日本人は青い食物は嫌うがアメリカ人は青も好む。
・明太子は関東では赤のイメージだが、福岡では白のイメージ。
・食べる人の食の歴史に影響を受ける。
・「これなら売れる味」はない。
・おいしさの評定値としては二口目もおいしいと感じるものが良い。
次から次へと出てくる情報をメモするのが忙しい時間となりました。ワクワクしてきます。
【個別質疑】
Q1.信用してもらうのに、ラベルの色は何色がよいか?
Q2.好まれている味の変動期間はどのくらいか?
Q3.官能評価、試飲の一回分の量はどのくらいがベストか?
Q4.マズローと味を結び付けるのは?
質問に答えながら展開していく先生です。ラベルはABCよりも3ケタの数字が良い。好まれている味の変動は1日から週単位なので、その人のズレに合わせた開発を。動物は頭の中でおいしさの判断をしている。アメも見えると食べたくなるので遠くのツボに入れると減りが遅くなる。もっと聴きたくなる回答でした。
【パネルトーク・タイム】
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3人のパネリストと坂井先生が会場参加者に向って着席しました。小川事務局長のもとで講義の理解を深めながらパネリストと会場からの質問です。
Q1.赤ちゃんの研究報告において、甘味・苦味の反応以外に何かあるか?
Q2.香りの中で、嫌なものは?
Q3.日本は遅れているが、世界トップ企業(先進)の進み具合は?
Q4.温度・触感で味覚は変わるのか?
Q5.本能的に人が欲する食物はあるのか?
Q6.疲れると甘いものが欲しくなるが?
Q7.食品開発をパッケージ、コマーシャル、コンセプトなど一体化しているが?
Q8.苦いものが癖になるとは本当?
Q9.苦味をパッケージで誤魔化せるか?
Q10.翌日に「おいしい」と感じられるモノを提供するには?
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Q11.SD法を教えてください。
Q12.コーヒーショップのSD法共通イメージについて。
Q13.子供の頃はキライなコーヒーの苦味がおいしくなるのはなぜ?
Q14.出汁を取らない若者が、歳を取ったらどうなりますか?
Q15.経験のすべてを変えるファクターは?
Q16.食わず嫌いは?
Q17.駅弁はまずくて高いのにおいしいのはなぜ?
Q18.胎児の記憶を持ち続けているのか?
Q19.香りのシグナル、残りやすいモノと残りにくいモノは?
Q20.おいしいと感じるメカニズムは?
Q21.カラオケと健康食は?
Q22.なつかしいモノ、なつかしいフレーバーなどの戦略は?
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たくさんのヒントとなる回答をいただきました。私は、認知症の人は臭いの感覚がなくなるから、臭いゴミ屋敷でも暮らせることを再考しました。また、がん患者さんが抗がん剤で味蕾を壊し、味覚が失われる場面にも出会います。吐き気でご飯が食べられない方が大勢います。先生が教えてくれた「メカニズムからの考察」として、「アメで洗脳してから抗がん剤治療をすることで、『敵』がそのアメになる」をやってみようと思いました。
【総括タイム】
村田特任教授と今日の講義を振り返ります。
羊水、味噌汁、おふくろの味。この関係が分かってきました。世代ごとの特長。消費行動。世代特有の原体験。今日の講義から生み出せるモノがありそうです。
消費者にどのようにおいしく感じてもらうのか。提供側の工夫は、手間の割にあまり効果が期待できませんが、「その人にとって、どんなものが美味しく感じるのか」の視点からトータルでの売り方を組み立てることが消費者の購買意欲につながるようです。マズローの欲求5段階説が腑に落ちました。
おいしいと感じる空間も研究中ですが「おいしいと感じる環境」の1位はナント、ひとりで食べる時だそうです。2位が家族と、3位が友人と食べる時だそうですが、これは少し複雑な気分です。
たくさんの情報で頭がいっぱいになりましたが心地よい疲労感です。これをSACの仲間たちとビジネスへとつなげていきたいと思った参加者が多かったようでした。
(文責)SAC東京事務局
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