SAC東京コースⅡ第9回月例会 事務局レポート

12月22日開催 SAC東京コースⅡ第9回月例会 事務局レポート

blog161222sac2-9-1講師は大学院農学研究科長の駒井三千夫教授です。農学・栄養学の研究においても、遺伝子が簡単に解析できるようになったという紹介にうなずく参加者たちです。「研究者の悪い癖で、はまると…理系なので…なるべくわかりやすく…」と言葉を選びながら「食事による疾患予防と遺伝子解析を基にしたテーラーメード栄養を目指して」の講義が始まりました。

五代目の教授

栄養学研究室で五代目を担う先生は、腸内細菌叢の作るビタミンを研究しています。「腹八分目」「小腸常備細胞」「ビタミンK」「ビオチン」などを研究してきたら「面白いことがついでに分かってきた」そうです。ここにヒントと期待を感じたのは私だけではなかったことでしょう。「ついでに分かること」が大いなる発見になるのです。

個人差

塩分制限など、これまでは一律に区別してきました。しかし、近年、個人によって代謝が異なるので個人に合わせて栄養バランスを変えなければならないことが遺伝子レベルの解析でわかってきました。塩基配列の講義を聞きながら、老人介護施設の食事を思い出しました。小柄な90歳の女性も、大柄な70歳の男性も、「一日1600kcal」と一律に管理している所が多いものです。学校給食を含め、個人の特性に合わせてカスタマイズする「テーラーメード」の考え方が苦手な日本人なのでしょうか。

遺伝子多型

遺伝子配列の中の一か所だけが他の核酸塩基で置き換えられている現象をSNP(Single Nucleotide Polymorphism)といい、ひとつのSNPに対して3種類のタイプが存在します。父親と母親からそれぞれ1個ずつの配列を受け継ぐため、その組み合せが3通りあるということです。血液型で考えると分かりやすかったです。

遺伝子多型と遺伝

SNPは体質を受け継いでいることを示しています。これらの研究で「疾患関連SNP」として特定の疾患との関連が分かってきました。例えば、太りやすい体質か否かを判別することが可能になり、最近ではこれらの遺伝子解析が安価でできるようになりました。これをもとにテーラーメードの栄養摂取が有効となります。

アルコール代謝でみた個人差

blog161222sac2-9-2親からもらった2つの遺伝子から、「酒に強い人」、「飲めるけど赤くなる人」、「飲めない人」の3つに分かれることが分かりました。しかし、そもそも日本人の場合、体内でアルコールを分解したアセドアルデヒドを、さらに分解するアルデヒド脱水素酵素の働きが弱い「低活性型」が40%と見積もられたのです。酒に強いと思っていた私も、世界レベルでみると酒に弱い人種ということなのでしょう。最近では、脳梗塞・胃がんのハイリスクタイプと分析されています。

酒の強さ・弱さは遺伝子型だけではない

「ボクが10歳の頃は酔っ払いがあちらこちらにいたのに、今はいませんね」と、思い出話をしながら「それはたぶん、栄養状態が良くなったからだと思います」と、現代社会の栄養について語りました。低タンパク食はアルコール処理ができません。よって、低タンパク食生活ではお酒はあまり飲めないのです。これらは条件を変えたラットの白ワイン選択実験でも「その時の栄養状態で左右される」ことが分かりました。納得です。

高血圧症の塩分制限

日本人の高血圧症の90%は原因不明の「本態性高血圧症」です。その遺伝子背景の解明が急速に進んでいます。遺伝因子の約50%が関与し、残りの約50%は生活習慣(塩分摂取、肥満など)の作用による多因子疾患に分類されます。半分は遺伝なのです。

テーラーメード医療が必要

同じ高血圧でも、日本人の約4割は食塩の感受性に敏感に反応するタイプで、残り6割は非感受性です。この非感受性タイプの人は、いくら塩分を減らしても、それだけでは高血圧を好転させることはできません。遺伝体質を把握した上での対応が求められるのです。

食塩欠乏性脱水症が問題に

最近、高齢者で減塩し過ぎるケースがあり、食塩欠乏性脱水症が問題になっています。かたや「血圧が高いから」という理由で、塩も梅干しも「禁止」される「食事制限」がいまだに多いのも現実です。先生の話しから、超高齢社会における日本人が幸せに生きていくために、テーラーメード栄養摂取、テーターメード医療の重要性を感じました。

ヒトとラットでほとんど同じ現象

身体に最も悪い食事は低タンパク質食(タンパク質不足)です。これが食塩の嗜好性に及ぼす影響がラット実験結果で示されました。トウガラシのカプサイシンの「辛み減塩効果」では、カプサイシン(辛み)で口を刺激すると、食塩水を嫌がり、水を欲するという実験結果も明確でした。経験上でも分かっていることですが、データとして示されることで「なるほど」と腑に落ちました。

カプサイシン添加食の給餌実験

脳卒中易発生高血圧ラットの最高血圧が、2週間以上のカプサイシン給餌で低下した実験結果において、減塩効果のみならず血圧上昇抑制効果がみられたのです。冠状動脈血管の動脈硬化像(中膜の過形成)が、カプサイシン添加食の給餌で抑制されたデータ画像にはワクワクしました。

ビタミン必要量の個人差

「細かい話をし過ぎて申し訳ない」と言いながら、ビタミン関連遺伝子の多型に講義は進みました。葉酸の補給で病気になりにくくなること、葉酸とビタミンB12が必要なこと、葉酸はいたるところで(各細胞で)必須のビタミンであり、認知症の予防効果も出ていることなどを熱く語る先生は、さすが「ビタミン学の専門家」です。

ビタミンKとワルファリン

ビタミンKは血液凝固を助けるビタミンであり、ビタミンK欠乏症は出血症とも言われます。拮抗体のワルファリンは血液凝固を防ぐ作用があり、大きな手術後に使用します。薬効の個人差が大きいため、用量のコントロールが非常に難しく、過剰投与では脳出血などを招き、過少投与では血栓を形成させてしまいます。

ビタミンK拮抗体の抗凝固剤と新薬

ワルファリン内服者(脳梗塞など)にはビタミンKを多量摂取することを禁じます。納豆(納豆菌が腸内でビタミンKを作る)やクロレラのビタミンKがワルファリンの作用を弱めるからです。最近ではこの食物摂取を制限しなくてもよい新薬が出てきましたが、中和する薬が日本では承認されていません。従来の抗凝固剤ワルファリンの過剰効果時にはビタミンKの投与で中和ができます。講義を聞きながら、ビタミンを軽視していた自分を戒めました。ビタミンって…凄いですね。

ミネラル必要量の個人差

亜鉛欠乏性腸性肢端皮膚炎は小腸から吸収することのできない障害です。母親の母乳の乳汁に亜鉛が分泌されないだけで生じた亜鉛欠乏症は、母親の亜鉛トランスポーターの「一塩基多型」が原因の遺伝子病でした。

味の感じ方の個人差

ブロッコリーなどの苦味が嫌いで食べない人は、発がんリスクが高いという免疫学データが多数あります。これは、個人の苦味受容体遺伝子と疾患発生の関係や個人毎に違う体質の解明にも役立つと考えられています。ここでもテーラーメードの栄養摂取で個人に向き合う力の必要性を感じました。

研究成果と今後

「最先端の研究は進んでいますが、人レベルの研究が進んでいないのです」と、申し訳なさそうにたくさんの研究データを説明してくださる先生でした。遺伝子構造、人それぞれ、いろいろな受容体、日本人と白人との違い、タンパク質は酸性にすると苦いことなど……。企業と一緒に研究を進めていきたいと語る駒井先生が、参加者一人ひとりのテーラーメード栄養を考えてくれているように感じながら、60分の講義は終わりました。

【アイスブレイク・タイム】

blog161222sac2-9-3村田特任教授のもとで用語や定義の確認をしていきます。専門用語の多い講義ですが、この時間で参加者の理解が深まると好評です。その中のいくつかを質問の形で紹介します。

1.遺伝子多型とアルコール家系との関係?
2.変異とは?
3.酵素のつくられ方の問題?
4.遺伝子解析が安価になったが、コンビニで提供しているレベルの解析でもいいのか?
5.解析した上での指導はどこまで進んでいるのか?

【個別質疑】

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Q1. 苦味レセプターついて、内臓感覚で嫌うとはどういうこと?
Q2. アルコール代謝は酵素誘導で強くなるが、苦味は酵素誘導で強くならないのか?
Q3. 子供の頃苦手だった「苦味」も歳をとると好きになるのは?

【パネルトーク】

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3人の参加者代表と駒井先生によるパネルトークです。参加企業の仲間から自己紹介とともに企業としての抱負が語られました。免疫力のキープで、高齢社会の中で生活習慣病を予防したいこと。遺伝子レベルになった栄養学に時代の進歩を感じ、あらためて勉強していること。高齢化と真逆の若い都市において将来に備える事業や地球温暖化問題に取り組んでいることなどが紹介されるのを、うなずきながら聞いている先生でした。

blog161222sac2-9-11小川事務局長のもとで講義の理解を深めながら、パネリストと会場からの質問です。

Q1. 感受性が強いということは、食塩を摂ると影響を受けやすいのか?
Q2. 低タンパク質において、メカニズム的に動物性タンパクと植物性タンパクとの違いは?
Q3. 高血圧ラットが食塩を摂りたいメカニズムは?
Q4. 味覚リセッターは別ものか?
Q5. アメリカやカナダの穀類へのB群ビタミン(葉酸など)の強化義務は国としてのことか?
Q6. 葉酸は何から摂るのが一番良いのか?
Q7. ラット実験で塩分を摂りたくなるとは、遺伝子由来なのか?
Q8. 環境要因で、特定の疾患に対して良い研究成果は?
Q9. 鼻をつまむと味が変わると言いますが、研究としてはいかがですか?
Q10. 食塩接種をどう国民につたえていけば良いのか?
Q11. 生野菜好きの人が多いが、キャベツやブロッコリーは加熱で良いのですね?
Q12. 個人差があるワルファリンは採血で調べるのがベスト?
Q13. 遺伝子レベルで苦手なモノを食べるのは辛いか?
Q14. 食塩を摂りすぎると危険な人と、そうでない人の研究は?

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たくさんの質問に答える形で意見を述べてくれる先生でした。中でも私が気になったのは、「医師は食塩を悪者にするが、この先は食塩を摂らなさ過ぎの弊害が出てくるのではないか。今はまだマイナー情報ですが食塩は必須ミネラルです」という話でした。テーラーメード栄養を目指すのは医師の役目ではないことを痛感しました。

パネルトークの最後には、「身体に悪いモノが美味しいです。この美味しいモノを食べながら、健康維持、疾患予防と治癒できることを研究して欲しいです」と、パネリストから駒井先生の研究への期待で月例会は終了しました。

(文責)SAC東京事務局

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