SAC東京6期コースⅡ第12回月例会 事務局レポート
消費者はどのようにしておいしさを感じているのか?
コースⅡ第12回月例会は、大学院文学研究科心理学研究室、多感覚情報統合認知システム研究分野 坂井信之教授による「消費者はどのようにしておいしさを感じているのか?」が講義テーマです。
人がなぜそれを食べるのか、なぜそれを選ぶのか、判断基準は味覚や嗅覚と思われがちですが、マズローの欲求5段階説の図式で表すと階層ごとに欲求は異なります。そこには視覚や聴覚、あるいは五感全てが大きく影響しているといった心理学、脳科学の観点から講義が始まりました。
味覚とは
学術的に示される味覚とは、味蕾の味細胞を呈味物質が刺激した際に生じる感覚と定義されます。代表的な呈味物質は、甘味、苦味、うま味、酸味、塩味の5つです。
味覚の情報は、舌から3種類の脳神経を通じて脳に入ります。味覚しか使えない味覚神経というものは存在せず、顔面神経、舌咽神経、瞑想神経などの内臓の管理や表情のコントロールにも関係するような別の神経の一部を借りて脳の一次味覚野に伝えられます。
味蕾は必ずしも舌上にあるわけでなく、喉の奥の軟口蓋や咽頭部にもあります。これらの感覚は延髄にある孤束核に投射されて、内臓の動きまでコントロールするということが分かりました。
味覚の官能評価(Time-intensity)
味覚の感度を調べる検査方法として、コンピューターを使うTime-intensity法が紹介されました。口の中に入れた食べ物の味の変化をリアルタイムに追っていく方法で、甘味料の特性の違いが紹介されました。
減塩食品は単に食塩を減らしただけで美味しくない、味気無いといった理由から当初はあまり普及しませんでした。そこでTime-intensity法を応用することにより、自然な塩味、より満足のいく塩辛さ、それでいて食塩の取り過ぎを回避した減塩食品の開発が可能となりました。
MSG(グルタミン酸ナトリウム)や、醬油の香りをうまく使う方法により、30%減塩してもおいしい減塩食が可能となった開発例が紹介されました。また、この時の脳の状態をNIRS(近赤外光分析装置)で測ると、一次味覚野に相当する場所で脳の活動が活発になっていることが分かりました。
単に塩辛いというだけでなく、脳も騙された形で塩味を認識しているということが分かり、減塩したままで美味しく、より満足できる食品の研究開発に活用されています。
味覚の官能評価(Temporal dominance of sensation)
味の強さの側面だけでなく、質や種類の識別を測るTemporal dominance of sensation法により、味覚の官能評価実験を行いました。
価格の異なる3種類のワインを、形の異なるワイングラスで目隠しをして味の評価を行います。高級なグラスで安いワインを飲んでも高級ワインの味の評価は得られず、味の印象は価格帯とほぼ同様であるという結果となりました。
一般人でもプロに近い評定が可能な方法を活用することにより、消費者が何を求め、提供した商品をどのように受け取るかを測定することが重要であると説明されました。
におい刺激に応答する味覚野
味覚は味によって表現できると考えがちですが、味覚野の細胞が臭いを与えただけでも反応することがMRI画像で示されました。口に何も入れない状態で、バナナの香りを嗅いだだけで過去の経験から脳が反応するのです。
嗅覚と味覚が連合することを活かして、減塩・低糖食品の呈味性増強や薄味調理が可能になったのです。
マグロ実験~色と美味しさ~
色が味覚と食感を変える実験動画が紹介されました。青や黄色の4色に加工した寿司の写真を見ながら、マグロの握りを食べます。青や黄色のマグロの握りは、予想通り美味しいとは感じません。
特筆すべきは、マグロ嫌いな人の結果がマグロのネタの色によって顕著に変わるということです。白や青のマグロの握りを見ながら食べると、マグロの生臭さが抑えられたと錯覚して、赤い色のマグロよりも美味しいと評価される結果となりました。
味と香り
嗅覚は味を予期させます。嗅覚が無くなっても、味覚から食べ物の臭いがすると錯覚します。逆に、嗅覚さえあれば味覚が無くても味を感じると錯覚します。味と香りは一体化して「風味知覚」を形成している学習性の共感覚です。
味覚の存在意義
味覚受容器は、舌のみではなく胃や腸管にも存在します。胃や腸の甘味受容器は、消化吸収を促進するインクレチン効果(インスリン分泌促進)があります。「味わい」だけでなく、嚥下や消化、吸収のためでもあるという説明がありました。
ブランドとおいしさ・選好
舌の先で甘味、舌の奥で苦味を感じるように思うのは脳が騙された結果であり、味蕾のあるところはどの箇所でも同じように味を感じます。
経験に基づいた類推の例として、某コーヒーブランドのロゴを活用した実験が紹介されました。異なるコーヒーチェーンでもブランド効果の違いによって、おしゃれという概念が、おいしさにもすり替えられるという説明です。
マズローの欲求5段階説の図式が示されました。
- 自己実現:You are what you eat.
- 尊重:憧れ・冒険心・ブランド
- 愛と所属:共食・家庭の味・帰属
- 安全欲求:食べ慣れているもの
- 生理的欲求:栄養補給
マズローの欲求5段階のどこに、ターゲットとなる消費者が属するのかを判断することが求められます。そこから、求められているサービスが何であるかを判断して提供することが重要となります。
消費者が「おいしい」と思い、「手に取ってくれる」商品とはどのようなものか考えた場合、その消費者の経験や信念に依ります。また、食のトレンドは複雑であり、心理や文化、社会によって異なりますが、モノ中心よりもヒト中心のマーケティングが重要であると結論付けられました。
今後の研究・事業構想として下記3点の説明がありました。
- 「おいしく」食べるための心理学:芋煮会⇔オンライン食事会
- 「おいしく」「健康的な」食事:満腹・空腹=心理的要因が大、減塩・低糖だけどおいしい
- 「おいしい」食事と心の健康
何を食べるにしても、心が満たされればお腹が満たされた気分になります。心から満たしていこうとする物の見方が重要であると講義を締めくくりました。
(以上で講義終了)
〔グループトークによる質疑〕(質疑のみ記載)
Q1.ビールやコーヒーの苦味をおいしいと体得する理由は何か?
Q2.味を認識する際、五感のうちどの感覚が一番優先順位が高いのか?
Q3.昆虫食のイメージを良くする研究に携わったことはあるか?
Q4.食べ物からノスタルジーを感じるとき、味覚、視覚、嗅覚のどれが一番作用するか?
Q5.嚥下食の方に、VRで固形物を見せながら食べさせたら効果はあるか?
Q6.現在の減塩プロジェクトはどのような研究をしているのか?
Q7.お店の音によるおいしさや物の認知に関わる研究事例はあるか?
Q8.孤食より大勢で食べるとおいしさが増すというエビデンスはあるか?
Q9.激辛を好んで食べる人にとって、刺激はどこに分類されるのか?
Q10.香りによってワインの味の評価は変わるのか?
〔総括〕
村田特任教授よりポイント3点が示されました。
-
- おいしさは味覚だけでは感じないということが分かりました。嗅覚、視覚、場合によっては聴覚が影響し、何よりも過去の学習経験による記憶の影響が脳の中で統合され、感じることがおいしさであるということが分かりました。
- おいしさを構成するものは味だけでなく、おしゃれ感や希少感覚、食べる場所や食べる相手がおいしさに影響するという理論的な背景が理解出来ました。
- マズローの欲求5段階のどのレベルにターゲットとなる消費者が属しているのかを、よく知ったうえでアプローチすることが必要と分かりました。食を例に挙げると、単に食欲を満たしたい人、高級感を望む人など様々です。また、コロナ禍が続く中、オンラインでアプローチをするならば、見た目や見せ方がますます重要であること、相手がどういう食歴を持っているのかを知ることで、より提案のイメージが湧いて攻めやすくなると思います。
以上
(文責:SAC東京事務局)
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