SAC東京3期コースⅠ第3回月例会 事務局レポート

6月22日開催 SAC東京コースⅠ第3回月例会 事務局レポート

SAC東京初登壇となる大学院工学研究科ロボティクス専攻田中真美教授による「触覚・触感技術による高付加価値製品の創出」をテーマにした講義です。

触覚・触感のセンサやセンサシステム、そのメカニズムを研究している田中教授は「触覚は五感の一つです」と口火を切りました。

触覚とは?

皮膚を通して圧力などの機械的な刺激や、暑い、寒い、痛いなどを感じます。皮膚は伸ばしてみると成人は平均1.8㎡にもなり、重さも4Kgにもなるとても大きな感覚器官です。目や耳は二つしかありませんが皮膚は全身にあるため機能が無くなることはほとんどありません。点字などのように指で触る事によって、皮膚は目の代わりにもなることができ、他の機能も補っています。

外皮機能は原始的な機能であり9週目の胎児から備わってきます。赤ちゃんは3歳になって大人と同じように目から情報を得ることができるようになります。それまでは目を補完するために手や口で触ってモノを認識しようとしています。

触れるということは能動的であり、かつ受動的です。自らモノに触ることは能動的で、衣服の着心地や、「虫が触る」という表現は受動的なものになります。

「触覚の研究に取り組んでいる理由はとても難しい研究だから」と、田中教授は言います。なぜならば、触ってモノが変形して柔らかい、硬い、あるいは熱を通して熱い、冷たいなど、対象物との情報のやり取りが必要になるからです。眼鏡や補聴器は目や耳のメカニズムが分かっていますが、触覚はまだまだ解明されていないことが多く、記録や再生技術が困難なことも理由の一つです。

能動的に触覚を感じようとした時に、欲しい情報に対して人はどういう行動をするのか。カナダの心理学者Lederman&Klatzky(1998年)の「対象の特性とそれに対応する探索的行為」研究が紹介されました。例えば硬さを知りたいときは圧迫をする、また温度を知りたいときは静止接触をするなど、それぞれ動きは異なります。それでは「熟練者の手の動きはどうなっているのか?」、そんな研究も田中教授は行なっています。

ヒトの皮膚無毛部の触覚受容器

皮膚の中にはいくつかのセンサがあり、そこから様々なことを感じています。指先の拡大図を示しながら自由神経末端パチニ小体メルケア盤マイスナー小体の4つのセンサについて説明していきます。

触覚受容器はそれぞれ感じる種類、反応刺激、順応性などが異なります。自由神経末端は温度や痛みを感じ、他の3つは接触することで感じるセンサとなります。指先の指紋がとても重要な役割を果たしていることも分かってきました。

田中教授は工学部出身でロボットの研究開発を行なってきました。中学時代に卵を持ち上げるロボットハンドやフィンガの滑らかな動きはすごいな、と思ったそうです。しかし、情報収集可能なセンサの代わりになるもの、それを超えるものを研究の目標にすると人間の手指の代替えとなるモノの開発は難しいことが分かってきました。

「匠の手」と言われるような熟練者の技術に代わるものはさらに難しくなります。それは手指の動きだけではなく感覚まで詳細に見なければならないからです。

触覚・触感に基づくQOLテクノロジー

超高齢社会において、病人や介護が必要な人、介護をする人、自立した人など全ての人が可能な限り自立した豊かな生活を送ることが望まれます。そのために役に立つ触覚・触感に基づくQOLテクノロジーの創出を目標にしています。

例えば触診用センサシステム、点字読み取りセンサシステム、触動作計測および表示システムなどがあります。目標達成のためにはヒトの指のような駆動機構、熟練者のような指の動作、多機能な感覚センサ、信号処理方法の検討など、触動作を含む触覚・触感メカニズムの解明と体系化が必要となります。

高分子圧伝材料を用いたセンサシステムの開発

田中教授は機能性材料(スマート材料)の一つである高分子圧電材料を使ってセンサをつくる研究開発を行ない、厚さ28マイクロメートルのPVDF(ポリフッ化ビニリデン)を使ってセンサをつくることに取り組んでいます。これによって圧力と振動の反応刺激があるパチニ小体の圧力に対する出力特性を調べることができます。

ここで触覚感性を計測するロボットフィンガシステムが写真で紹介され、参加者により明解なイメージが伝わりました。指の感度は30%と言われ、手荒れが起きると鈍ります。センサ及び表面形状はこの指紋の代わりとなっています。

官能評価との比較

ある繊維メーカーと行なった6種類のレディースインナーニット計測研究の紹介です。センサと被験者となる評価熟練者の「しっとり、ザラザラ、チクチクする」などの官能評価との差異を見比べていきます。14項目の風合いは因子分析の結果から以下の2因子に表現されました。

じっとり、ぬめっとするウエットな感じは「じっとりウエット感」、柔らかい、ふんわりした、チクチクしないは「ふんわりやわらか感」です。
このように言葉でまとめると非常に感覚的な表現となっています。しかし、田中教授が説明する実験結果の因子分析はパワースペクトル密度分析(周波数解析)、信号処理などを使った科学的な手法に基づいており、定量的にその差が識別できることが分かりました。

毛髪手触り感測定用センサ

シャンプーやコンディショナーのCM等でもよく見かける毛髪の手触り感についても企業との共同開発研究を行なってきました。

毛髪はキューティクルが剥がれてくる過程によって健康毛、ダメージ毛、ヘビーダメージ毛と区分されていますが、毛髪手触り感は摩擦や伸縮率だけで測れないところが難しい点です。まだ表面摩擦や断面形状などの「毛髪物性値」となめらか、しなやか、パサつきなどという「ヒトの手触り感」との関係はまだ明らかになっていません。

そこで田中教授はヒトの毛髪触感測定のために「手ぐし動作」を真似たセンサシステムをつくりました。これはまさしく女性研究者らしい視点だと感じましたが、この解析方法においても毛髪表面形状モデルの官能評価とあわせて工学的な手法によって行われています。

触感計測例

今日の講義で示された研究事例以外にも皮膚、お皿の洗剤の「きゅきゅっと感」、タオルの洗い上がり感、容器、スマートフォンなどのタッチパネル感、オムツなど様々ですが、多くは企業との商品開発として行われてきました。

医療への応用

触感の繊細なところが測ることができれば医療にも応用できます。前立腺癌・肥大症触診用センサにも応用されています。触診する場合には、肛門から手を入れて直腸を介して前立腺に直接触れて診断します。表面の状態、硬さや張り、癒着など病変の周囲との関係や位置の特定などの情報を得ることができます。

しかしながら、触診は人間の指感覚であり、曖昧で客観性に乏しくなります。さらに「匠の手」という熟練が必要となります。そこで2度の試みを経て指装着型能動センサを開発しました。臨床実験結果から正常状態との違いを数値化できるようになり、このセンサを用いると医師の熟練度に依存しなくても病状診断が可能となりました。

田中教授はこれらの技術を応用して様々な触感を測ってみたい、と参加者に協力を呼びかけ講義を終了しました。

【アイスブレイク・タイム】

村田特任教授から講義内容を理解し、さらに深めるために田中教授へ以下の質問を投げかけました。(以下、質疑のみ記載)

Q1.指紋の役割は何か?
Q2.触感は客観的に定量的に計測できる、という理解でよいか?
Q3.センサと手触り感、官能評価との比較が妥当であるということか?
Q4.官能評価で行われた熟練者の感覚との比較が重要ということか?
Q5.指装着型能動センサを使う場合と使わない場合は何が違うのか?
Q6.指装着型能動センサ臨床実験結果の再確認
Q7.指装着型能動センサの利用によって熟練者と同様の触診が可能になるのか?
Q8.触れる面積で触感が変わるのか?
Q9.触覚と脳の記憶の関係はどうか?

【グループトーク】

6グループに分かれて、グループごとの質問をまとめていただき、グループリーダーから質疑を行いました。

【グループ質疑】

Q1.前立腺癌以外の触診例はあるか?
Q2.絶対値の差の要因に年齢などの個人差の評価はあるのか?
Q3.個体差、例えば指紋の大きさを変えてみる必要などはないのか?
Q4.敏感なところとそうでないところ、触られる側と触る側の感覚の違いの分析はあるのか?
Q5.ロボットの場合は手全体として測ることができるのか?
Q6.VRなど医療分野以外の応用はどうか?
Q7.感覚を手に戻すことをやっているのか?
Q8.他の体の機能の衰えを触覚がカバーできるのか?
Q9.PVDFフィルムは離した時に反応があるのか?
Q10.髪の研究への応用は他にもあるのか?
Q11.対象物が布、乾いているもの、脂っぽい時には他のファクターは何があるか?
Q12.VR応用も含め、匠の手を再現する方法の開発はないのか?

グループ質疑後の追加個別質疑は以下の通りです。

【個別質疑】

Q1.触覚と脳の動きの関係はどうか?
Q2.診療報酬改定、遠隔診療への方向性はどうか?

【総括コメント】

グループトーク、個別質疑を終え、村田特任教授が本日の講義を以下の3点へ総括しました。

  1. 触感を定量評価することによって触り心地 着心地、乗り心地へ応用できること。
  2. シニアビジネスの基本は「不の解消」であり、触診センサなどは人に触れてもらいたくないニーズの領域であり、まさに「不の解消」の手段として潜在市場が大きいこと。
  3. 熟練ノウハウの伝承、商品開発や若手スタッフの研修へ応用できること。

以上を持ちまして、コースⅠ第3回月例会を終了いたしました。

工学的な研究開発の結果、ヒトの触覚・触感が解明されてきました。その科学的な評価は人間の経験と比較して「心地良さ」と「心地悪さ」に大きく分けられるようです。 また熟練者だけが獲得してきた「匠の手」をセンサシステムがとって代わることによって健康寿命延伸ビジネスへの応用に期待が膨らみました。

以上

(文責)SAC東京事務局

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