SAC東京3期コースⅠ第2回月例会 事務局レポート

5月18日開催 SAC東京コースⅠ第2回月例会 事務局レポート

今回の月例会は情報科学研究科応用情報科学専攻バイオモデリング論研究室の中尾光之教授による「眠る脳のバイオモデリングとQOL向上策」をテーマとした講義です。中尾教授はSAC東京に初めての登壇となります。

中尾教授は日本の女性3人組のテクノポップユニットであるPerfume(パフューム)の関ジャニの番組に出演していた時の映像を流し、講義に入っていきました。 「複雑なダンスの行程をどう覚えているか?」という問いに対してメンバーの一人が「寝て記憶を熟成させる」と答えています。何が分からないのかが分からない状態で練習を続けるのですが、寝るとそれが明瞭に構造化して分かる様になるというのです。

睡眠が脳に与える影響

この映像を使って、睡眠は脳に何らかの影響を与えている、と中尾教授は話しを展開していきます。 「試験の徹夜で、ひどい結果になったことはありませんか?」という問いかけには多くの参加者が頷いています。逆に「試験の前日は寝てしまったけど、試験はうまくいった」ということも経験していると思います。これは睡眠によって学習効果が出た、すなわち記憶の整理ができたことを示しています。

睡眠のリズム

それでは睡眠がどのようになっているのか、睡眠時のポリグラフから睡眠の制御の仕組みを確認していきます。覚醒時の眼球の動きは視覚に伴います。ノンレム睡眠時にはほぼ眼球は動きません。夢見の睡眠であるレム睡眠時には眼球はよく動くことが知られています。 人の眠りはノンレム睡眠から始まり、その後レム睡眠が現れ、しばらくするとノンレム睡眠になるというリズミをとります。

なぜ眠るのか

一つは疲れからの回復です。さらに神経回路網の発達・維持・記憶・学習の固定など睡眠には多様な役割があります。 幼い子供はほとんどがレム睡眠です。眠くなると手足が火照ってきて、つまり放熱して体温を低下させて眠りに導き、免疫防御力を高めます。だからよく眠らないと感染症になりやすくなります。

睡眠の多様な機能

睡眠時の脳のニューロン(神経細胞)活動を示すたくさんのグラフからノンレム睡眠とレム睡眠の比較をしていきます。ニューロン活動ダイナミクスは共通ですが、レム睡眠のニューロン活動は起伏が強いことが分かります。

ニューロンはレム睡眠時に活動を止め、脳内物質であるセロトニンは低濃度となり、ノンレム睡眠時は活動しセロトニンは高濃度となります。このセロトニンの分泌を司る神経がニューロン活動ダイナミクスをコントロールしているのではないかと考えられています。これは脳幹に集中して存在し、抑制的な活動を行うので、睡眠が社交性やうつと関係があると考えられています。

ニューロンの状態変化をみていくとレム睡眠は脱抑制であり準安定状態からランダムな記憶状態を整えていきます。逆にノンレム睡眠は抑制となります。

このように睡眠は脳神経回網の発達に影響しています。中尾教授はその仕組みをラットの実験をもとにたくさんの実験データを披露しながら、その根拠を説明していきました。

睡眠の制御機能

睡眠には「リズム制御」「ホメオスタシス制御」の二つの制御があります。リズム制御とはいつも決まった時刻に眠らせ、起こそうとする制御です。ホメオスタシス制御とは眠りが足りないと取り返そうとする制御です。これらは相反する性質を持っており、そのバランスが重要となります。

睡眠と体温調節

覚醒維持に何が影響しているか、睡眠の体温調節機能に基づくモデルをみていきます。 入浴すると体温が上がりよく眠れることが知られています。体温を急激に上昇すると、その反動で体温が下がりやすくなり、睡眠に入りやすくなるからです。これは睡眠調節に関わる体温感受性ニューロンによるものです。

次にリズム制御に着目したモデルをみていきます。ここでもたくさんの実験データが示されました。 よく昼食後に眠くなると言われていますが、これは単に食事をとったことが原因ではなくリズム制御の関係によるものです。生物時計は脳の中枢の時計と肝臓など末梢臓器にある時計の二つのシュレーターを入れています。眠気には昼と夜に二つのピークがあり、体温は1〜2度の振幅で作用し、午後に一つのピークが訪れ、それが少し下がったところで眠くなります。このように眠気と体温は密接な関係にあります。

概日リズムの長期的振る舞い

人は24時間周期の明暗サイクルや社会的スケジュールなどの同調因子の存在下で生活を送っています。そのため季節変動や仕事などの都合で生活が乱れることがあったとしても、その生活リズムは1年を通して大きく変わることはありません。

時差飛行のシミュレーション

ここで興味深い研究例が紹介されました。海外旅行時の時差ボケの原理です。日本からユーラシア大陸を超えてヨーロッパへ向かう西方飛行と、太平洋を越えてアメリカへ向かう東方飛行では生体リズムの同調の仕組みが異なります。

西方飛行は遅れている時間に合わせる順行性同調となり現地に馴染みやすく、リズムが合わせやすくなります。東方飛行は先の時間に合わせる逆行性同調となり時差ボケがきつくなります。また出発時間によって眠気のパターンが異なってきますので、多少は時差ボケを調整することもできそうです。

シフトワークと健康リスク

24時間操業の職場で働く男性は前立腺がんの罹患率が3倍、心筋梗塞などの虚血性心疾患で死亡する危険性は2.8倍くらい高まるというデータがあります。これらは不規則な勤務による体内時計の乱れが関与していると考えられ、虚血性心疾患は血圧上昇やストレスも原因とみられています。

中尾教授はここでもたくさんの研究データから、シフトワークのスケジュールによって就労中の眠気が異なること、就労時間に合わせて光を浴びることで眠気が低減できることなど、就労環境デザインへのヒントを示し講義を締めくくりました。

【アイスブレイク・タイム】

ここから村田特任教授のアイスブレイク・タイムです。 たくさん示された研究データを再確認しながら、時差ボケの眠気パターンのメカニズムや50歳代の不眠障害の原因などを尋ね、講義内容を深堀してくれました。

 

【グループトーク・タイム】

6グループに分かれて、グループごとの質問を抽出し、グループリーダーに発表してもらい、それに講師が答えていきます。(以下、質疑項目のみ記載)

Q1.レム睡眠、ノンレム睡眠が起きるのはなぜか?
Q2.理想の睡眠時間とは?
Q3.理想の睡眠のパターンとは?
Q4.シフトワークのリスク回避はできるか?
Q5.高齢者にとって質の高い睡眠の工夫は?
Q6.日中に刺激が多い方が深い眠りとなるのか?

Q7.健康管理の睡眠アプリは適切なのか?
Q8.睡眠パターンから分かる病気の発症はあるのか?
Q9.睡眠と老化の関係性はどうか?
Q10.睡眠量と認知症の因果関係は?
Q11.眠り過ぎの影響はあるか?
Q12.睡眠リスク防止の研究はあるか?

【統括コメント】

村田特任教授が最後に講義を以下のようにまとめてくれました。

1.寝ている間に脳細胞が構造変化すること。
2.睡眠には制御の仕組みがあること。
3.シニア層にはよく眠れない人が多いこと。
4.人生の三分の一が睡眠であること。
5.そのソリューションのために睡眠薬へ依存したくないこと。
6.薬以外にも対応策がありそうだが個人差があること。
7.快眠ビジネス、快眠市場は広がり、さらに期待が大きい分野だがまだ決め手がないこと。
8.ビジネスチャンスになるが、ファクターが多いこと。
9.睡眠の本質と脳の神経回路と制御を理解した上で何をするか。
10.時差ボケ対策もビジネスへの応用となり得ること。

これまでの月例会においても睡眠が健康寿命延伸や認知症予防になることを学んできました。今回はその睡眠のメカニズムを学び、眠れないシニア層へ良質な睡眠を提供するために必要なことを理解しました。一方、グローバル社会は24時間就労を求めています。 人生の三分の一を占める睡眠が健康寿命延伸ビジネスの核心と言っても過言ではありません。

以上

(文責)SAC東京事務局

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