SAC東京コースⅠ第12回月例会 事務局レポート

3月15日開催 SAC東京コースⅠ第12回月例会 事務局レポート

第2期コースⅠ第12回月例会(最終回)は、講師の筒井健一郎准教授による「脳内の『報酬系』『罰系』は消費行動にどう影響するか?」と題した講義です。

「4月から教授へ昇格する筒井先生です」と司会から紹介され、照れながら登壇した筒井准教授は「消費行動については専門外ですが、脳科学から言えることを説明していきます」と口火を切りました。

人の脳-神経回路

ヒトの脳は神経細胞(ニューロン)が繋がって形成された「神経回路」に電気的な興奮が伝わることによって、その機能が発揮されます。それは電子回路と似ているので「神経回路を形成している」と表現されます。例えば小さい頃に誰もが試したことがある伸張反射、ハンマーで膝を叩くと筋肉から電気的興奮が脊髄まで伝わり、同じ筋が収縮するように脊髄から指令が出され足がピクッと上がります。

「私がこうして話している瞬間も脳の中の記憶を読み出しながら話しています。これも神経回路の動きです。皆さんも同じです」と穏やかに参加者へ話しかけるように講義が進んでいきます。

神経細胞

電子回路は部品と部品とはハンダ付けでつながっています。脳の場合はニューロンとニューロンとの間はシナプスと呼ばれ、ここではニューロンの終末(軸索終末)から放出される神経伝達物質によって情報伝達が行われます。これが脳の神経細胞の特徴です。

神経細胞には、放出する神経伝達物質の違いによって他の細胞を興奮させる細胞抑制させる細胞の2種類があります。味の素の主成分であるグルタミン酸は興奮系、一部のチョコレートにも入っているガンマアミノ酪酸(GABA)は抑制系です。

しかし、こうした物質は口から食べても脳には伝わらない、という説明に会場が少しどよめきました。脳には血液脳関門という関所のような機能があり、ここを通過できないためです。

モノアミン系の伝達物質

ドーパミン、ノルアドレナン、セロトニンなどのモノアミン系は、脳内の情報伝達において「調節的」な役割を果たすものです。一般に気分、情動、注意、さらには睡眠や覚醒などにも関わっています。

ドーパミンニューロへの薬剤の影響

依存性薬物の多くは線条体におけるドーパミンの放出を促すように作用します。ニコチン、お酒の主成分であるエタノールもドーパミン細胞を刺激し依存性が高いものです。 タバコやお酒をなかなか止められない理由を知って多くの参加者がため息をつきました。

脳の「報酬系」とドーパミン、線条体脳の「線条体」が多様な報酬に関係しています。線条体はドーパミンが放出されると賦活することがわかっています。お金やスポーツカーの写真を見せると線条体が賦活します。恋愛、プラセボによる不快感軽減効果、悪いひとを懲らしめるテレビ番組を見てスカッとすることも線条体の賦活によります。

ドーパミンの脳内での役割

現在はドーパミンは「快楽物質」ではなく「やる気、元気、求める気持ち」などを生み出す役割があると考えられています。多幸感や快楽に関係するのは脳内で生合成されるオピオイドです。食べ物を口に入れた時ではなく、餌に手を触れた時にドーパミンニューロンが活動します。報酬を確実にもらえるとき(報酬を予告する刺激)より、予期せぬ報酬が得られた時の方がドーパミンの放出は増えます。

ドーパミンを増やす日常生活

「予期しない嬉しいこと」
筒井准教授はドーパミンを増やす日常生活の提言をまとめてくれました。「予期しない嬉しいこと」を与え合う人間関係を築くことが重要です。このためにあいさつをする、相手の良いところをほめる、思いやりや助け合いなどのある日常生活を築き上げる仕組みに企業側のビジネスチャンスが存在しているようです。

「達成型の生活」
明日、1週間後、1ヶ月後、さらに1年後が楽しみになるような生活を送ることも重要です。さらに、その結果や成果で達成感が得られる「達成型の生活」も効果的です。例えば園芸はタネを撒いて芽が出る、これも達成型の趣味です。スポーツも成果目標を定めれば達成型の活動です。地域コミュニティにおけるゴミ拾いなども達成型の一つになり得ます。「ドーパミンを増やすことを商品に組み込んで見てはいかがでしょう」と、参加者へアドバイスを向けた筒井教授でした。

脳の「罰系」とうつ、扁桃体

全人類の5人に一人がは一生に一度はうつになると言われています。うつは報酬系・罰系の不調と考えられています。また、恐怖や不快情動に関係しているのは脳内の扁桃体です。サブリミナル刺激のような本人が気づかない短時間の刺激でも扁桃体は賦活することが分かっています。

うつ病改善手段とセロトニン

脳機能イメージングの研究によって、うつ病は、報酬系・罰系の神経ネットワークの 不調によるものと示唆されています。現在のところ、うつ病の主な治療法は、セロトニンの脳内濃度を上げる薬SSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)を服用することです。

セロトニンの脳内濃度を日常の活動で増やす方法

筒井准教授の提言を参加者は必死にメモをとっています。ビジネス応用だけではなく、現代社会を生きる上で個人レベルでも興味深い情報です。一番は規則的な生活、まずは早寝早起きがセロトニンを増やす生活のコツです。次は外出して太陽にあたること。また、散歩やジョギング、よく噛んで食べる、座禅による意識的な呼吸などリズミカルな運動をすることが有効だそうです。ただし、これらについては、なぜ有効なのかはまだ分かっていない部分も多いそうです。

実に興味深いと思った事例をさらに紹介しましょう。人に失敗を指摘されると貧乏ゆすりを始める人、考え事をするときにオフィスを歩き回る人、これらはリズミカルな運動をすることによってセロトニン濃度を上げようとする行動のようです。私の周りにもそういう人がいるので、理由がわかればもう少し優しく接することができそうです。「マナーとしては良くないけど、ここに原因があるのではないか」と微笑んだ筒井准教授です。

脳と社会行動−オキシトシン

社会行動に関係する脳内物質はオキトシンです。ここではハタネズミの事例が紹介されました。平原に住むハタネズミは夫婦が協力して巣作りを行い、子育てをします。逆に山岳に住むハタネズミの父親は子育てをしません。平原ハタネズミの脳にはたくさんのオキシトシン受容体があるそうです。

オキシトシンの分泌は側坐核(腹側線状体)の活動を促進し、協力行動の増強をうながします。また扁桃体の活動を抑制し、恐怖・不安を抑制します。

人に対するオキシトシン投与実験から、家族と一緒にいると安心する、他者への信頼感が増強することが示されています。筒井准教授は自閉症治療の実験にも応用され、一定の成果が上がっているという嬉しい報告もしてくれました。この分野も、私の知人も含めて悩んでいる人がたくさんいる領域です。これからの研究の進捗に期待が膨らみました。

脳内のオキシトシンを増やす日常生活

一番はふれあうことです。オキシトシンが増えるとふれあいがしたくなります。ふれあいをするとまたオキシトシンが増えます。スキンシップ、手をつなぐ、ボディタッチ、ハグ、声がけ、あいさつなどお金をかけずにすぐできることがたくさん提言されました。

筒井准教授による講義のまとめ

脳内の神経伝達物質は、神経系の機能を調節し、正常な機能の発現に必要不可欠な役割をもっています。ドーパミンは意欲や生きがいセロトニンは恐怖や不安の軽減や意識の明晰化オキシトシンは信頼感や協力行動に関わっています。日常生活のちょっとした心がけや習慣が、元気なこころを持った生活につながるという筒井准教授のまとめに大きく勇気づけられました。

さて、「報酬系と罰系が消費行動にどう影響するか?」という今回の講義テーマを、筒井准教授は最近起きているトピックスへ応用しながら説明を行いました。

昭和リバイバルブームと「親近性選好」

ラジカセ、ディスコ、なめ猫などにリバイバルブームが起きています。朝ドラも全て昔のことがテーマです。筒井准教授は「私なりの解釈ですが」と前置きをしながらも、これは報酬系の中の「親近性」による行動であると説明をしてくれました。特に年配者はかつて経験した情動を一緒に呼び起こし、若くて元気で幸せだった当時の自分を追体験します。これが、モノアミン系の活性化につながると考えられるとのことです。

若年層の「新奇性選好」

次に、Y!mobileのなめ猫が登場するCMの紹介をしながら説明を続けていきます。昭和を知らない若い人は「新奇性」を好みます。新しい世界、新しい価値観を体験するとともに、年配の世代とそれらを共有できるようになります。

解釈の背景となる脳科学の知見

記憶は情動を伴っています。情動的(印象的)な体験をすると記憶に残りやすく、その記憶を想起する時に情動も一緒に追体験されます。無味乾燥なことは記憶されにくいと言う筒井准教授です。 脳は「親近性選好」と「新奇性選好」の相反する二つの選好性を持っています。年配者は「親近性」、若年者は「新奇性」をそれぞれ好むといわれており、ここににビジネスチャンスがありそうです。

シニアはなぜお金ではなくやりがいか

さらに、「マズローの欲求の階層性」を応用し紐解いていきました。ここにも線条体が関わっています。

なぜ退職シニアは、仕事をするときにお金よりもやりがい=他人の役に立ち、感謝されたい、を選ぶようになるのでしょうか。高齢になると暑いのに暑さを感じないなどのように感覚系が衰えていきます。このため、より下層の欲求が満たされることに対して、喜びを感じにくくなっていると筒井准教授は仮説を立てています。多くの参加者も何度も頷いているように自分自身に置き換えてみるとよく分かるような気がします。

以上をもちまして、講義は終了いたしました。

【アイスブレイク・タイム】

村田特任教授が講義内容を深掘りするためにアイスブレイクを行っていきます。以下、質疑のみ記載します。

Q1.モノアミン系の再確認。
Q2.食品が血液を通して脳に影響を与えないのはなぜか?
Q3.薬を使う常習性がよくないのはなぜか?
Q4.モノアミンを分泌させる食品はあるか?
Q5.経済的な報酬と生物的報酬には違いがあるか?
Q6.ドーパミンを放出させるにために、お金が良いのか愛が良いのか?
Q7.セロトニンはうつだけではなく不眠症にも関係があるか?
Q8.オキシトシンで他者への信頼感を増強することは薬物でも可能か?
Q9.ハグに慣れていない日本人が無理矢理やると逆にアドレナリンが出ると思うがどうか?

【グループトーク・タイム】

参加者が6グループに分かれ20分間のグループトークを行い、講師への質疑を抽出し合い、グループリーダーが講師へ質疑を行っていきました。

【グループトーク質疑】

〈グループ1〉
Q1.食品が脳に通過することができないのは血液脳関門だというがその詳細は?
Q2.怖いもの見たさのメカニズムは?

〈グループ3〉
Q1. ドーパミンが増えすぎた場合の悪影響はあるか?
Q2. 昭和の事例以外にドーパミンを増やす事例を教えて欲しい。

〈グループ4〉
Q1. できる人とできない人がいる中での達成型の生活のポイントは?
Q2. 報酬系はその人の価値観の誤差や予測値の感覚差はあるのか?

〈グループ6〉
Q1. 人間でのオキシトシンの出やすさは遺伝や社会環境は影響しているのか?
Q2. 罰系を利用したビジネスは何が考えられるか?

〈グループ2〉
Q1. 報酬系と罰系をわざと刺激した時、例えば認知症ケアにはどうか?
Q2. 親近性と新奇性はこれからのシニアには違いが出てくるのか?

〈グループ5〉
Q1. 経頭蓋磁気刺激はもともとうつの人にも効果があるか?
Q2. 線条体の反応が大きければ良いのか、その商品開発は可能か?

【総括コメント・タイム】

最後に村田特任教授が今日の講義及び質疑応答の内容を以下の通り統括いたしました。

1. モノアミン系の物質は脳の中で生成され、食品等では脳に届かないこと。
2. 食品では難しいため、認知的な行動を促す方法が一般的な方法となり、やりたくなる場、一緒にやる人、ワクワク感をもたせることが重要であり、ここがビジネスに期待されるポイントであること。
3.これまでもワクワクする報酬系、罰系活用のビジネス事例はある。例えば落ち着かない場やただ広いだけの空間づくりが罰系となること。
4.世代の差や原体験の違いが消費行動の差となること。
5.認知機能のレベルが高い人、低い人で差があること。
6.親近性と新奇性も知的レベルによるがマジョリティではないこと。
7.アンケート調査やグループインタビュー調査だけでは消費行動を知るには不十分であり、対象者心の状態(脳・神経系を含む)の理解に踏み込む必要があること。
8.これまでは心理学が重要であったが、今は脳機能研究が発達し脳を直接見ることができるようになった。その活用こそがこれからのビジネスには重要であること。

以上で第2期コースⅠの最終回講義が終了いたしました。SAC東京の運営に置き換えるならば、事務局がコーディネート役をもっとうまく担うことができれば、参加者同士が信頼感を持って協力し合い、オキシトシンを増やすことができます。さらにSAC東京をもっと達成型の活動に変えて行くことができればドーパミンを放出させ健康寿命延伸ビジネスの創出という共通の目標に到達できることが分かりました。

第2期コースⅠにご参加を賜りありがとうございました。

以上

(文責)SAC東京事務局

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