SAC東京コースⅠ第7回月例会 事務局レポート

10月18日開催 SAC東京コースⅠ第7回月例会 事務局レポート

blog161018sac1-7-1今回の講師は加齢医学研究所副所長の本橋ほづみ教授です。専門は遺伝子発現制御分野です。SAC初となる女性講師ということもあり会場に流れる柔らかな空気を感じながら講義が始まりました。講義テーマは「酸化ストレス防御と健康」です。

「酸化ストレス防御」を一筋に研究をしてきた本橋教授の講義内容は以下の6項目について行われました。

1. 酸素が生命にもたらした功罪
2. 酸化ストレスは多くの病気の原因になっている
3. 毒とは?親電子性物質とは?
4. 解毒のはたらき
5. 生体防御機構を担うタンパク質NRF2
6. NRF2を活性化させると健康増進につながる

酸素が生命にもたらした功罪

酸化ストレスは、人が酸素を利用して生きているがゆえに起こります。人にとって必要な酸素であっても、良いこととは裏腹で困ったことも起こり、いろいろな病気の原因となっているのが酸化ストレスです。「親電子性物質という言葉を覚えてほしい」と本橋教授は参加者に投げかけ、最初から「NRF2は健康にベネフィットがある」という本講義の核心を伝えました。

1768年、ジョセフ・ライト作「空気ポンプの実験」の絵は、空気が無くなっていくと鳥はどうなるのか、という実験の様子を描いています。その状況に怯える子どもの姿が印象的です。この絵が示すように、昔から空気は生命の維持に重要だと分かっていました。

1674年、イギリスのMayowは蝋燭の火を消す成分が命を生かすことに関係していることを解明しました。これが酸素の発見です。酸素を吸うことで生命を維持していることが明らかにされたのです。

本橋教授は中学校時代の理科の授業のように、分かりやすい実験の図で説明をしていきます。酸素を利用すると効率よくエネルギーを獲得できます。酸素を使わない呼吸、運動後に乳酸がたまりこんで筋肉痛が起きます。長く生きると皮膚は酸素にさらされる期間が長くなり、皮脂膜が紫外線を浴びることによって過酸化脂質が生成されます。これが加齢臭の原因です。

酸素は生体分子を酸化させ、ヒトにとってまずいことを起こしてしまいます。タンパク質の酸化は異常タンパク質の蓄積へつながります。DNAの酸化はDNA損傷を引き起こします。このように生体における酸化還元反応の乱れは、様々な病態をもたらします。

酸化ストレスは多くの病気の原因となっている

酸化ストレスは多くの病気の原因となっています。タンパク質の酸化はアルツハイマー病、パーキンソン病などの神経変性疾患の原因であり、DNAの酸化は細胞のガン化、細胞の老化の原因となっています。

その他にも酸化ストレスが関係する疾患は以下の通りです。脳梗塞、気管支喘息、肺気腫、アルコール性肝疾患、脂肪性肝炎、白内障、ドライアイ、心筋梗塞、動脈硬化、炎症性腸疾患、関節リュウマチ、膠原病、アレルギー性疾患

blog161018sac1-7-2毒とは? 親電子性物質とは?

身体に悪さを与える毒性の発生メカニズムをフグ毒、ハチ毒、ヘビ毒、キノコ毒から学んでいきました。それぞれの毒がタンパク質に結合することでその機能を変化させます。酸化還元反応によってタンパク質やDNAの機能が変化します。喫煙による肺ガンはこの発生メカニズによるものです。ガンは遺伝子の変化、化学物質の変化が発症の原因になります。

親電子性物質についても丁寧な説明が続きました。酸素は電子が大好きであり、引っ張り寄せ、結合してしまいます。このように親電子性物質は生体機能をかく乱するのです。化学発ガンの初期の研究事例も紹介されました。

18世紀後半、煙突掃除人に陰嚢皮膚ガンが多発したことにより、石灰の煤との関係性が報告されました。1915年、山際勝三郎は世界ではじめてタールを使って人工的にガンをつくることに成功し、1970年にはMiller JAは親電性物質がDNAに直接結合してガンになることを提唱しました。これらの研究は、現在の本橋教授の研究につながっています。

解毒のはたらき

解毒機能には以下の3相の反応があります。
第1相反応は酸化・水酸化などによる基質の活性化
第2相反応はグルタチオン・グルクロン酸など親水性物質との抱合
第3相反応は薬剤トランスポーターにより細胞外への排出
水溶性はおしっこで排出されます。脂質性は流れないので異物を水溶性の高いものと結合させて排出させます。

「ベンツピレンの解毒」がタバコを吸う事例を持って説明されました。第2相反応を速やかに起こすことが重要になります。

ある物質を使うことによって第2相反応を促進することができます。例えば抗酸化剤(BHA)は 誘導性胃発ガン(DMBA)を抑制します。すなわち第2相反応の活性化が発ガン予防に有効なのです。

生体防御機構を担うタンパク質NRF2

ヒトには約3万個の遺伝子があります。大腸菌の遺伝子数はヒトの約1,000分の1の3,000~6,000個です。ゲノムサイズより遺伝子数が多いことがポイントであり、遺伝子間領域が重要になります。

ヒトのゲノムには遺伝子間領域が多く、そこには遺伝子間の使い方を指令する領域(転写制御領域)が存在しています。転写因子は転写制御により遺伝子発現を調節するタンパク質です。遺伝子がタンパク質へ転写し調節機能が遺伝子間領域で行われます。

NFR2はその転写調節因子です。NRF2は人間の身体を守ってくれる酸化ストレス応答機構の鍵因子なのです。グルタチオン合成はインシュリンをつくるベータ細胞をつくり糖尿病予防にも有効です。

本橋教授は東北メディカルメガバンク機構長の山本雅之教授、弘前大学の伊東健教授と共にKEAP1によるNRF2活性の制御機構の研究を行っています。身体を丈夫にするDNAの仕組みの研究です。NRF2はサクランボの形をしていて刺激がありません。KEAP1には高反応性のシステインが多く、その反応性の高さが生体防御の鍵です。

NRF2を活性化させると健康増進につながる

NRF2活性化剤は糖尿病、多発性硬化症、脳梗塞・心筋梗塞後の組織の保護に有効です。ブロッコリースプラウトに含まれているスルフォラファン、わさび、貝割れ大根などに含まれているイソチオシアネートなどの物質がKEAP1-NRF2系を活性化させてくれます。NRF2誘導剤は非常にたくさんの疾病に有効なことが分かってきており、これからの臨床応用が期待されています。

騒音性難聴にNRF2が有効なことが解明されました。これから認知症の発症を遅らせることができないかなどの研究へ応用していきたいと、本橋教授は今後の抱負を述べて講義を終了しました。

【アイスブレイク・タイム】

村田特任教授によるアイスブレイクは、酸化ストレスの定義など用語の確認、NRF2とKEAP1、KEAP1-NRF2システムによる酸化ストレス・親電子性物質防御機構について深堀りしていきました。

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【個別質疑1】

Q1.ユビキチン化とは小さなタンパク質の分解か
Q2.疾患例はマウスの実験例に基づくものか、人の検証はどこまで進んでいるのか。
Q3.騒音性難聴は酸化ストレスに左右するのか。

【グループトーク】

20分間のグループトーク・タイムです。各グループから質疑の抽出をしていただきました。

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【グループ質疑】以下、質疑のみ記載

<グループ3>
Q1.酸化ストレス防止に山の上の生活は良いか。
Q2.NFR2は10年前から開発されているようだが、身体に入れる商品化ができるのか、ビジネス戦略としてのねらいはどうか。

<グループ4>
Q1.NRF2の配列によって働きが違うのか。
Q2.代謝との関係はどうか。

<グループ2>
Q1.年齢によって異なるか、どの遺伝子のタイプか。
Q2.スルフォラファンはどのくらいの量を摂ったらよいのか。摂りすぎて悪い要素はあるか。

<グループ5>
Q1.スマート・エイジングと酸化との関係はどうか。スルフォラファンの高齢者の摂取効果はどうか。
Q2.第2相反応における酸化ストレス防御と抗酸化の違いは何か。

<グループ6>
Q1.NRF2は化粧品など皮膚からの摂取は可能か。

<グループ1>
Q1.酸化ストレスの実態はどうか。
Q2.認知症の遺伝子に関与する例はあるか。

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【個別質疑2】

blog161018sac1-7-12最後にあらためて個別質疑をしていただきました。

Q1.不活動高齢者を動かすと活性化するように、個体のマウスでNRF2が測ることができるか。
Q2.KEAP1を徹底して失効するアプローチの有効性はあるか。

 

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ヒトが生きるために必要な酸素の効用が解明されてから350年ほどの月日が流れました。世界は高齢社会。ヒトの命は酸素によって生かされながら、皮肉にも酸素によって病気になり、老化をしていきます。幸せな健康寿命延伸のために、私たちは遺伝子発現制御分野まで踏み込んでいかなければならないことを学びました。「空気ポンプの実験」を描いたジョセフ・ライトは、2016年の現在をどのように描くのでしょうか。SAC東京は「スマート・エイジングの実験」を描いていきます。

以上

(文責)SAC東京事務局

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